mixiユーザー(id:10901837)

2008年04月23日15:05

229 view

マイアコギのルーツ

マイアコギ、ライダー(Rider) R-300はヘッドウェイの前身でした。
1975年〜1977年の3年間に生産された内の1台です。
わかってスッキリしました。
百瀬恭夫職人らにより製作。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC より
1975年 東京都新宿区の楽器卸売商社「クロス楽器」は、自社が発売するフォークギター「ライダー(Rider)」の製造を、長野県松本市のメーカー「林ギター製作所」に依頼。クロス楽器の代表者であった八塚恵は、当時林ギターの社員職人であった百瀬恭夫の技量に感銘を受ける。
1977年 八塚は百瀬ら数人の職人を独立させ、株式会社ヘッドウェイを設立。クロス楽器はヘッドウェイと販売代理店契約を結ぶ。同年年末に試作したフォークギターが翌年初頭に完売したことから、正式に生産を開始する。

ライダーは、八塚氏がHeadwayブランドを立ち上げる前の数年間(75年〜77年?)、林ギターに生産を委託し、販売を行っていたブランドです。このギター製造の縁で八塚氏は百瀬氏と知り合いになったという、ある意味、Headway構想の原点となったブランドです。
非常に短期間の製造でしたが、月産数百本程度の生産をしていたようで、一万本ぐらい製造されていたかもしれません。この時期に製造されたRiderは、あまり、市場で見ることもないですね。尚、Riderは、2001年度より、ブランドが復活し、現在に至っています。

【百瀬 恭夫 (ももせ やすお) 】
有限会社飛鳥の技術部長・シニアマスタービルダー。
日本屈指の歴史的なトップギタールシアー。
ヘッドウェイ創業時から技術部長として活躍。
技術の礎として広く日本のギター製作業界に大きな軌跡を作り続けている。ヘッドウェイ・アコースティックを生み出したギター製作のカリスマ。

『ギターを作りはじめて39年。その前は家具を作っていました。当時私は、職人と呼ばれるのが嫌で。それでギターだったら職人と呼ばれないかなと思ってね。それでハヤシギターでギター製作をはじめました。家具の製作で木材の加工に関しての技術は有りましたので。ヘッドウェイの八塚社長とはそこで知り合いました。当時クロス楽器を経営していた八塚社長は、ライダーというブランドをハヤシギターで委託製造していました。その頃の私の仕事を評価してくれまして。“一緒に工場を作ろう”と毎日の様に誘いの電話を受けました。それこそ1ヶ月以上、毎日電話がありまして(笑)。悩んだ挙げ句、“良いものを作ろう”という熱意と志、それならと、ヘッドウェイを一緒に立ち上げました。1977年の4月でした。』

『83年に工場が火事になり、治具・機械全部がなくなりましたが、ユーザーからの声が多かったので、またヘッドウェイのアコギを作ることになりました。インターネットでも“ヘッドウェイ最高”というサイトが有りまして。熱心なユーザーの方々に応援していただいて…オフ会もやりました。長年弾いてくれているヘッドウェイのギターをみなさん持って集まってくれまして。みなさんに気に入ってもらえて長く弾いてもらえるのはうれしいですね。ギター作りには、全ての工程が重要です。ですから、すべての工程に対して気持ちを抜かずにやってます。作り手として長く使ってもらえ、ユーザーにクラフトマンの愛情が伝わるものを作っていきたい。それは物を作る人間のプライドとして…という気持ちからです。』
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する