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2008年02月24日04:02

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シリーズ『国歌』/ロシア連邦国歌 『Гимн Российской Федерации』:前編

↑CD「プーチンみたいなカレ」    ↑プーチンプリンw     ↑天然ガスと紛争とソチ五輪

社会遺産シリーズ『国歌』第五回
ロシア連邦国歌
『Гимн Российской Федерации/National anthem of Russia 』
『祖国は我らのために』

◆さて、アメリカ合衆国、中華人民共和国、ときて、いよいよロシア連邦の国歌の登場です。ロシアふぁんの皆様、大変長らくお待んたせ致しますた!てイネーか?w もし、この世に「国歌ワールドカップ」なるものがあり、決勝戦に鉄板で進出してくる国歌があるとすれば、、、もしかするとココの国の国歌じゃまいか?勿論、ご幼少の砌、旧ソ連邦の昔から、このメロディーでオリンピックや国際的競技会、ニュースの折、映画、TV、ドラマ等、事あるごとに聴き馴染んできたこともあるからには違いはありません。また、今年はロシアでも大統領選。来月2008年3月2日(日)、ロシアで大統領選挙が行われます。来年の中華五輪の折にも何度も聞くことになるでしょう。そして、少し早いでつが2014年は黒海沿岸の「ソチ」で冬季五輪の開催と続く訳でつ。
ある調査によると、米国国歌が男性受けするとするなら、このロシア国歌のメロディーは非常に「女性受け」する国歌らスィ。恐らく重厚音なのに明るく弾むような雰囲気がある。また、旋律の変化に情緒があり癒し系である点等からでしょう。それとロシア民謡なんかにも共通する特徴ではありますが、わらしはこの曲に短調が微妙に混在しているのが好きなんですが、それも「情緒」という面に訴えかけてくる辺りが「女性受け」する所以と言えそうです。
また、某巨大掲示板の妖スいお話を受け売りすると、「この曲のコード進行は音楽の完成形らしいぜ」等と云うーておる者すらいるらしい。
わらしも音楽はあんまり詳しくないのだが、何でもとりあえず「パッヘルベルのカノン」と同じコード進行らしくこれがどう脳に作用してみんなが良いと感じるのかとかまではわらしは知らない。で、これが商業音楽に多用されて現在も音楽ギョ-カイで巨万の富を生み出していると。ま、所謂「都市伝説」みたいなネタなんでつがネw
ま、ソレはさて置き、帝政ロシア時代から数えるとこの国の国歌は200年足らずのあいだに、何と都合9回変わったという資料もありますが、現在ロシア連邦国歌(-れんぽうこっか、露:Гимн Российской Федерации)は1944年に制定されたアレクサンドル・アレクサンドロフ(Александр В. Александров)作曲の「ソビエト連邦国歌」(Гимн СССР)の曲に、同じく「ソビエト連邦国歌」の作詞者セルゲイ・ミハルコフ(Сергей В. Михалков)が新たに歌詞をつけ、2001年1月1日からロシア国歌に定められますた。法律によりテレビ、ラジオなどの放送では日に二度(放送開始時と終了時、もしくは午前0時と午前6時)、国歌を流すことが義務付けられておりまつ。まあ、つい最近も変わったばかりでもある訳でつ。

【現国歌の歴史、成立の経緯】
ソ連崩壊〜CIS移行後のロシアでは、脱ソ連化を推し進めていたボリス・エリツィン大統領によりミハイル・グリンカ作曲の「愛国歌(1992-2000)」が一度、国歌に定められますたが、この曲には歌詞が無くメロディーのみが演奏されたため、一向に定着せず公式の国歌として法定化する事も出来なかった。また、半世紀に及ぶソ連栄光時代の誇りと共に歩んだ旧ソ連邦国歌はそれ程馴染みも深かった訳で、当時の反骨のアーティストやミュージシャン等が中心になり、エリツインの提唱する「愛国歌」に反対の意味を込めて「さよなら、ありがとう旧ソ連国歌」キャンペーンを張ったこともあります。「あっそ、もうコレ国歌ぢゃナイならオレ達の好きに歌わせてもらっていいんだよな?思いっきし、アメリカ的に歌わせて貰うゼ!文句ねーよな。レーニン同志も草葉の乃陰でさぞやお喜びだと思うぜw」と表向きは観光と共産党マンセーのキャンペーンでしたが、さながらソ連版「WearetheWorld」のなかなかイイ感じのJAZZPOPS調に仕上がっていまつw

【1991さよなら、ありがとう旧国歌キャンペーンソング『POPSアレンジ・ソ連国歌』※当時国軍の兵士から一流のミュージシャン、国民的歌手や国民的アニメ(チェブラーシュカ)の声優までが参加した。旧ソ連時代の歌詞なのでまだ「ソビエツキ・サユーズ」「パルテイーヤ レーニナ」とか「コミュニズマベジョート」の文言が歌詞に残っている。】

ソ連からの独立後のロシアには未来への希望が満ち溢れていました。共産主義の呪縛からの解放、独立、そして自由。しかしエリツィン政権のもとでは共産主義からは逃げられましたが、安定した生活は得られませんでした。そして独立を境にしロシアからは光が失われつつありました。ロシアの大国としての誇りが失われ、犯罪は多発し、誇りである軍隊はほぼ崩壊に近くなりました。アメリカには頭が上がらなくなり、西欧との生活環境の落差は広がる一方。これらに追い討ちをかけたのが98年の経済危機。帝政ロシア、ソ連を通じ自らの経済を見つめてきた、またロシア人の誇りのルーブルが紙くず同然となりました。議会の共産党は、ロシアの誇りを呼び興す事が出来るとしてスターリン時代の1944年にそれまでの「インターナショナル」に代わって国歌に定められた「ソビエト連邦国歌」の復活を要求してエリツィン大統領と対立していますた。エリツィンはアル中で何もせず酒ばかりのんでいる。国民の生活の不満は政治に向けられました。そんな中。1999年の大晦日。ロシアと全世界に衝撃が走りました。エリツィンが突如辞任したのです。
後任は元ペテルブルグ市長プーチン。当時名も知らぬKGB出身の若き男に大国ロシアは委ねられたのでした。当初国民はあまり期待をしませんでした。「エリツィンよかましなだけだろう」と。しかし、そんな国民のさめた目を横目に、「強いロシア」を掲げた新大統領は次々と改革を断行。経済はだんだんと回復。生活も苦しいながらも徐々に改善。なんと言っても「強いロシア」が現実に感じられるようになったのです。もう昔の我々ではない。昔の栄光を取り戻そうじゃないか!ロシアの人々は沸き立ちます。そこでエリツィンにかわって新大統領となったウラジーミル・プーチンは、ロシアの国歌を、あまり人気が無く正式な国歌ではなかった「愛国歌」からこの新国歌に変更します。昔の栄光のシンボルたるソ連国歌が復活したのです。ソ連国歌は、WWII勝利、大国の栄光、宇宙開発の成功、そしてオリンピックの優勝を象徴する歌です。それに「ロシアの栄光の復活」を取り入れるのです。ロシアの大国としての栄光を取り戻そうではないか!・・・そんなロシア人の希望と息遣いがこめられている歌なのです。共産党への懐柔及び「強いロシア(ソ連)」の時代と「現代ロシア」のイメージを重ね合わせ国民の人気を得るべく2000年末にソ連国歌のメロディを復活させる国歌法を制定。ソ連国歌はロシア連邦国歌として生まれ変わったのでした。大国に相応しい荘厳なメロディーの国歌の復活は多くの国民に歓迎されたのでした。
さて、来月の2008年3月2日(日)、ロシアで大統領選挙が行われます。プーチン大統領の任期は2008年5月まで。プーチン大統領は2期目です。ロシア憲法は3選を禁止しており、次期選挙には出ることはできません。来年の今頃は、新しい政権がロシア連邦を率いているはずです。・・・でも中のシトは、、、orz w
フォト

【ロシア次期大統領の最有力候補メドヴェージェフ氏(42歳)/現第一副首相/ガスプロム会長兼任(統一ロシア党公認推薦)】

【旧ソビエト連邦国歌について】
すでにご存知のように、新しい国歌のメロディーは、アレクサンドル・アレクサンドロフが作曲したソ連時代の国歌のメロディーをそのまま使うことにしたのですが、今回決定された歌詞は、以前の作詞家セルゲイ・ミハル コフという詩人が再度手直しして78歳の時に書いたものです。 旧ソビエト連邦の国歌は、1917年から1944年まではインターナショナル、その後ソ連崩壊の1991年まではアレクサンドル・アレクサンドロフ作曲のソビエト連邦国歌(ロシア語:Гимн Советского Союза)でありまつ。このアレクサンドロフの曲による旧ソ連邦国歌は、1943年に制定され、1956年のスターリン批判のあと、歌詞が廃止されました。 (スターリンをたたえる文言や当初の歌詞の2番にはスターリンを指導者としてたたえる箇所があったが、彼の死去後削除され、しばらく歌詞なしで演奏された後、1977年には新しい歌詞になった。) その後、1977年に歌詞が改作されて定着したしましたが、今回、同じ 作詞家ミハルコフによって、今度はロシアの国歌として復活しました。つまり、この旧ソ連の時点で同じ曲でも『ヨシフ・スターリン版』と「フルシチョフ版」と「ブレジネフ版 」の3パターンが既に存在していた訳でつ。それでもしっかり生き残るアレクサンドロフのこのメロディーは、やはり名曲といえるのでしょう。 現在はそのメロディーと歌詞の一部 ("Славься, Отечество наше свободное") がロシア連邦国歌に転用されている。近年、アレクサンドロフの作曲したこの国歌の冒頭と、作曲家ヴァシリー・カリンニコフの初期の作品である序曲「ブイリーナ」の後半に現れる旋律との類似が指摘されるようになった。これに関する根拠は薄く、またなぜ似通ったものになったのかも定かではないが、一般にはただの偶然であろうと考えられている。「ブイリーナ」の該当する旋律はヴァシリー・カリンニコフ(英語版)で聞くことができる。勇壮なメロディーと共産主義の勝利を謳った歌詞で、数多くある国歌の中でも非常に人気の高い国歌である。
作詞家セルゲイ・ミハルコフは、ソ連邦国歌の作詞者の一人である1913年生まれの詩人・社会活動家で、彼はソヴィエト連邦とロシア連邦 の2つの国歌の歌詞(手直しとして都合2回)を作ったというなんとも不思議な偉業をなしとげたことになりまつ。 なお、映画監督・俳優の文化人ニキータ・ミハルコフは、彼の息子です。
ちなみに、初代旧ソビエト連邦国歌は当初、『ボルシェビキ党歌(ロシア共産党歌1944〜現在)』として作曲され、そう呼ばれていました。政策の転向から、当時のそれまでのソ連国歌「インターナショナル」歌を、アレはレーニンの歌として嫌ったスターリンは、新たに国歌を制定する為コンペティションを企画します。つまり、現在のロシア国歌でも聞かれるこのアレクサンドロフの国歌のメロディーは、コンテストで決められたものであり、当初「ボルシェビキ党歌」の名前でコンペティションに応募して決勝に残ったものだったのです。決勝である最後の選考に残ったのはこれと、二十世紀の巨匠ショスタコーヴィチ=ハチャトリアンの合作。スターリンは迷った挙句後者を選んだのですが、何ヶ所か気に入らない箇所があるから直してくれないか、と巨匠ショスタコに聞きます。それに巨匠ショスタコが「ハァ、?2時間もあれば直せますが、何か?」と答えたところ、独裁者スターリン親方大激怒!「国歌とは荘重で神聖なものだ! それをたった2時間とは何事だ!」とか何とか。かくしてコノ巨匠の尊大で余計な一言ににより、巨匠の手による「幻の名曲国歌」はお蔵入り、ソ連国歌のメロディーは現在ロシア国歌でも聴かれる御馴染みのこのアレクサンドロフのものになりましたとさ。これもまた運命、歴史の分岐点だったのかも知れません。後年ショシュタコは回想録で「音楽の手直しは技術の問題で、あんな短い音楽直すのに何ヶ月もかける馬鹿がどこにいるか?やっぱりスターリンは芸術がわかってねえ!」と振りかえっています。多少脚色しましたが、旧ソ連国歌誕生の裏話でありまつw

さて、本日はここまで。以降後編に続く!

連載特集企画 『社会遺産』シリーズ:【国歌】連載全十回予定

第一回 アメリカ合衆国国歌『星条旗』:前編
第二回 アメリカ合衆国国歌『星条旗』:後編
第三回 番外編 笑える国歌、泣ける国歌
第四回 中華人民共和国国歌 『義勇軍行進曲』『東方紅』
第五回 ロシア連邦『祖国は我らのために』前編 
第六回 ロシア連邦国歌『祖国は我らのために』後編【予定】
第七回 大英帝国 『女王陛下万歳』他   【予定】
第八回 仏共和国 『ラ・マルセイエーズ』 【予定】
第九回 日本国  『君が代』について考える【予定】
第十回 予備/外伝 貴方にとって国歌とは? 【予定】



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