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2007年12月25日12:32

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ジャワ島旅行記 No.3

前回のあらまし…

ジャワにバティックを探しに旅に出たのであったが、自分の知識不足が祟り目に当たり目!?
さいさきのよいスタートを切り、13時間ほどのバスの旅を終え、まず最初の目的地「プカロガン」に着いた。




ジャワ島旅行記 No.3

バスから降り、ベチャに乗ってホテルに到着した。前金で17万ルピアを支払って部屋(写真:1)に入った。早速、ジャナルタで購入した新しい充電器を使い、バッテリーハビススカリとなった携帯電話を充電した。電源を入れるともう11:20くらいだった。その時刻をみるだけで十分にグッタリとした気分になったが、それより汗臭い体を洗いたくてフロに入る事にした。インドネシア人の友達のところで何度も味わった経験アリだが、インドネシア方式のトイレ&フロだ(写真:2)。雨季とは言え、この時間帯に冷水マンディーは結構寒い。最初に「チルゴン」で泊まったホテルから小さい使い捨て用のシャンプーと歯ブラシを拝借してきて大正解だった(笑。

フロから出て冷静に気分が落ち着いてくると、ちょっと気になる事があった。これはここのホテルの人に聞かないといけないな…。という衝動を抑えられなくなってきた。そう思いながらドアを開けると偶然にホテルの人が外に立っていた。紅茶を持ってきてくれたのだ。よし、このタイミングだ!と思い、おそるおそる聞いてみた。「明日ってIDUR ADHAですよね?」店って大体、お休みで閉まってますよね?」すると返事は「そうだね…。大体閉まってるよ。」と返ってきた。

むむむむむむむむ… 

今回の旅行はあまり日程に余裕が無い上に、初日を1日無駄にした。どうしよう…。と思いつつ、こう続けた。「実はバティックを見たいので、この街にきたんですが、休みじゃ見れないですよね?」。私の想像する返事は「そうだね、明日は休みだから、明後日探してはどうかね?」であったが、しかし返事は意外なモノだった。「いや、家を店にしている所がほとんどだから、家に行けば見れるよ!!」 ヨッシャ!! さらに1日を無駄にする覚悟をしていた私にとってコレはかなりの朗報だ。

普段はそんなにしょっちゅう紅茶を嗜む訳ではないが、この夜の紅茶は美味かった。と、言うのも今日は朝飯抜き、昼飯抜き、夕方にバスの集団と一緒にあまり美味くないワルンでナシチャンプルを少し食べただけだったからだ。暑いインドネシアであるが、クソ寒いマンディの後のせいなのかテー(紅茶)の温かさが染み渡った。

その日はTVを見ながら寝た。いや正確にはTVをつけっぱなしで「武士道の逆襲」という本を読みながら寝た。明日は9時くらいに起きて10時から午前中のウチに大体を済ました方がいいなと考えた。それはベチャの移動で雨が降るのはやっかいだなと思ったからだ。最近は午前中が曇りで夕方から雨が降る事が多かったのでそれまでに済ました方が得策だと思ったからだ。しかし、そういうバティックを家と兼ねて店舗にしているような所は何時から大丈夫なのかは分からなかったので、私の中のでインドネシア的開店時刻の9:00にセッティングした訳だ。そんな事を考えながら眠りについた。

翌朝、予定通り10時にベチャ(写真:3)に乗り込み出発した。私は何も言ってないのに買ってにベチャは動きだした。ベチャのオッサンに軽く挨拶をすると「バティック探してるんだって?案内するよ」と言い軽快に飛ばし出した。流石はインドネシア、金になる事の連携プレイは上手だ。ホテルの人から聞いたんだろう。

しかしこのオッサン、街をグルグルと徘徊しているだけに感じた。しばらく街をウロウロすると私にこう聞いた。

「どこいく?」   いやいやいやいや… 無いわ…。

さっきオッサンから「バティック探してるんだって?」って聞いてきたじゃねぇか!?
これもオニのケースと同じでとりあえず走行距離を伸ばしておかないと、いい金額を請求できないというのの口実か!? まぁいい。もう1回言ってやる。「バティック見たいんだけど、今日でも開いてるトコある?(店とトコのシャレ … インドネシア語分かる方だけ、つまんねぇとつぶやいて下さい)」 と聞いた。 すると、また同じコースを回り、ふと路地に入って行った。そこにはたくさんのバティック屋が並んでいた。そのウロウロしている道中に大通りにもたくさんの閉まっているバティック屋を見る事ができたが、この裏路地の方が良いモノがありそうな感じがした。数件回ってみたが、店によって特徴がある。布生地の違い、サロンが充実してるトコ、仕立て屋のようなトコ。しかし。が、しかし!!高い!?

バリにあるジャワバティックが高いし、数がないのでわざわざジャワに来た訳だが、確かに数は多いし、色んなバティックを見れる。が、しかし値段は、バリと変わらないではないか!?

などと少しうな垂れながらも、高いシルクの手書きバティックを買った。すごいきれいな色で芸も細かく、何よりデザインが良かった。こいつはRp1.800.000-だと言われたヤツをRp1.650.000-で買った。こんな値引きは絶対しないとそこの女将さんは言い、正規料金で売った今月の日付けついたのノタ(伝票)をたくさん見せてきた。それが信憑性があるかどうかは、それだけでは何とも言えないのを私は知っているが、本当のところを初めてプカロガンに来て知り合いも誰もいない私にとってそれを知る術はない。

例えばバリだとチュルックにある銀工場にあるシルバーアクセサリーには普通の売値の2倍ちょいの値札がついている、来る客には全員に「10%オフする」と言って購入意欲を煽る。
しかし10%オフにした所で2万円の品だと18000円な訳だ。ここの店にガイドと一緒に来るとそのガイドにコミッションが支払われる。それがどれくらい支払われるのかと言うと10%オフにした金額の50%だ。この場合だと18000円払ったウチの9000円はガイドのサイフに収まるという事だ。私はこれを実証する為に「ガイドとして客を連れてくるから」と何人ものオーナーと交渉した事があるので間違いない。というかバリはいたるところに、このシステムが蔓延している。

これを言い直せば2万円の値札がついている商品は9000円で買う事ができるという事実だ。プカロガンのバティック屋にもこのシステムがあるとしたら間違いなくベチャに乗らずに自分で徒歩で行ったほうが良いに決まっているが、そうだとすれば今日は見るだけで、明日また出直せばいい。なんて思いながらも、いいバティックが多かったので、調子に乗っ4枚のバティックを購入し、残り資金がRp.400.000-ほどになってしまった。

この時に友達に電話をして国際キャッシュでインドネシアから引ける口座にお金を送金してくれないか?とお願いした。今月に日本に帰る為にルピアはほとんど円に変えてしまってて、しかも、その円はバリの家にある為に、こっちの銀行には全然お金が入っていないから、念の為、念の為。(これが後に大きく響く事は、この時点では知る由もなし)

最初から今回は仕入れではなく「どんなのがあるかな?」「いくらぐらいなのかな?」「どんな町なのかな?」というのがメインだったので、それは良いのだけれど、お金がないんじゃ、明後日まで滞在する理由がなくなった。

私はベチャのオッサンに「ジャカルタまで帰りたいんだけどバスってどこで乗ればいい?」と聞いた。するとオッサンは「鉄道で帰れば?」と言ってきた!!

プカロガンには鉄道があるんだ!?初めて知った!!そして、もうひとつ!!ジャカルタにも鉄道があるんだ!! この事実を知れた事だけでも私には財産だった(笑。

早速オッサンに駅まで連れて行ってもらいチケットを買う事にした。「朝のジャカルタ行きの汽車のチケットくれ!」と駅員に言うと「Rp.270.000-」だという。
「高けぇ…」   残り持ち金Rp.400.000-の私のとってそれを払うと残金Rp.130.000-になる。
しかしそれで楽にジャカルタまで帰れるんならいいか。と、こっちに来る時の苦しみを考えて、チケットを購入した。残金日本円で1500円程度になった。まぁ飯を食うのは最悪60円でも食べられる国だから心配はないが、やはりちょっとドキドキする。

朝としか指定しなかったジャカルタ行きの汽車のプカロガン出発時間は6:15だった。何でそんなに早いの?と思ったけど、まぁ行動は早い方がいいか…と思い、踏み留まった。

明日は朝が早いので、はやく寝た。
が、しかしバリの方でちょっとしたハプニングがあり夜中の2時に電話で叩き起こされた。ホテルを5:30に出るつもりだったので、後数時間で出発だなのに…と思ったが、歩くハプニングバーとしてはそれもありだと思った。もう寝れないなぁ…と思いながらも残り少ない時間で再び眠りにつくのであった。




                                               つづく




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