格闘技ファンつーかOldプロレスファンにとっては“ごっつ”
悲しいお知らせがありまつ。わらしが愛読する東スポ伝えるところによりますとアノ“ごっつ”師匠が、、、、orz
あまりのショックにわらしは昨日、あやうく投票用紙に「カールごっつ」と書いてしまうとこでした、、、
■カール・ゴッチ氏=元プロレスラー死去(読売新聞 - 07月30日 22:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=263993&media_id=20
鉄人ルーテーズの「バックドロップ」、ゴッチの「ジャーマンスープレックス(原爆固め)」と
20世紀を代表する二大技の「世界遺産」の使い手として「プロレスの神様」として崇められていた。
別名:「無冠の帝王」とも「千の技を持つ男」とか「秒の殺し屋」ともかっては呼ばれていた。
ゴッチ教室から育った選手も多く、アントニオ猪木、アニマル浜口、長州力、藤波、前田、高田、舟木と枚挙に暇が無いくらいである。現在のプロレス絡みの格闘家で影響を受けていない人はいないと云っても過言ではないだろう。
新日プロ設立の際、彼自身「世界ヘビー級王座」を賭け猪木と対戦し1度は奪われたものの奪回し、その後新日プロに寄贈している。猪木VSアリ戦では猪木の作戦参謀としてセコンドにもついた。新日がWWFと契約した事で絶縁状態になり、UWF最高顧問に就いたりし、最後は藤波の無我ワールドプロレスの名誉顧問を務めていた。
13歳からレスリングをはじめ、16歳でドイツヘビー級チャンピオンに、28歳でヘルシンキ5輪銀メダル獲得。
1951年より漫画タイガーマスクの「虎の穴」のモデルとされる"Snake Pit"(蛇の穴)の通称でも知られる
イギリスのビリーライレージムで鍛え31歳でプロレス入り。
1962年38歳の時にドンレオジョナサンからオマハ版AWA王座奪取。ストイックなまでに強さを誇示するファイトが受け入れられず米国で干され、昭和46年国際プロに来日し蛇の穴の同門兄弟弟子の「人間風車」ロビンソンと名勝負を繰り広げ、アンドレザジャイアント(当時ロシモフ)を原爆固めで投げている。昭和46年WWWFに復帰しルネグレイとのコンビでWWWF世界タッグ奪取がアメリカでの最後の花であった。現在も最近までレスリングスクールを開設し若手の指導に当たっていた。
ちなみに猪木の「卍固め」や長州力の「サソリ固め」もこの人の開発によるものである。
最後にお見かけしたのは数年前、兄弟弟子であるビルロビンソンが永住の地と定めた高円寺の阿波踊りの日に浴衣姿で見物においでになっていた姿である。
心よりご冥福をお祈りする次第でありまつ。 合掌。
カールゴッチ追悼番組「タモリ倶楽部」
参照:
※「カール・ゴッチの原爆固め」
>>
http://www.showapuroresu.com/waza/german.htm
伝説の技:ジャーマンスープレックスホールド(原爆固め)とは?
>>
http://www.youtube.com/watch?v=nx5Yx8cGzZk
「ゴッチの料理ショー」
>>
http://www7.plala.or.jp/mojohouse/7th%20page.htm
「カール・ゴッチ語録・カールゴッチはかく語りき」
>>
http://homepage3.nifty.com/9961/gotch.html
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