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2006年10月26日21:54

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キムイル 大木金太郎氏逝く

■大木金太郎氏=元プロレスラー(読売新聞 - 10月26日 15:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=108043&media_id=20

九州モンにゃぁ、うれし恥ずかしタマらんばいって言われた
『ボボ・ブラジルvs大木金太郎』戦で親しまれたキム・イル
こと、大木金太郎(王金一)氏が亡くなられた。その、九州限定
の恥ずかしげなタイトルの一戦は期待に違わず手に汗握る流血の名勝負となった。今でもプロレスBestバウトに数えられる試合である。頭突き(パッチギ)の名手で『キムイルの原爆頭突き』
(昨今大声では憚られる、、、泣)、『一本足頭突き』(タイムリーでつなw)等頭突きアラカルトが必殺技であった。小学生ながら
クラスの友人に初めて頭突きを試したら涙目になった幼き日、友人はおお泣きし悶絶していた。そう交通事故でもお分かりの通り慣性の法則だかなんか知らんがぶっけた方より、ぶつけられた方が被害が大きいのである。

昭和のプロレス界において、「このレスラーといえばこの技」という技を一流レスラーは持っていたが、ニックネームにまで技の名前がついたレスラーは少ない。馬場を「16文の馬場」とは言わなかったし、猪木を「コブラの猪木」とは呼ばなかった。しかし大木金太郎は「頭突きの金ちゃん」と呼ばれて親しまれた。日本側の選手でこういうケースは非常にまれであった。不思議なことに、最初から、キムイルと字を名乗っていた
ため人種的拒否反応もすくなく、ベビーフェイス(善玉)であり、馬場、猪木、に継ぐ第三の男であった。力道山亡き後は後見叔父貴的ポジションを確保していた。(第四の男吉村道明のポジションになるともう悲惨でヘタレぼこられ役に終始、たまの回転海老固めしか見せ場がなかった。泣)
梶原センセ原作の漫画「タイガーマスク」ではアジア選手権篇では泣かせるかなりイイ役ももらっていた。
 大木金太郎といえば、頭突きというイメージが強いが、実は大木金太郎という選手は、他にもキーロック、X固め、回転エビ固めなど、多彩な技を繰り出すことのできるテクニシャンであったが、これらの技がかすんでしまうほど、原爆頭突きという技はインパクトが強かった。頭突きほど実践的で、観客に痛みが伝わる技はない。ジャブ的に頭突きを額や腹に叩き込んだ後、「ウッホッホー」といったような(門茂男は「オッッチョッチョ」と表現している)掛け声とともに、あたかも今まさに剛速球を投げんとするピッチャーのように大きく振りかぶってフィニッシュの一本足頭突きを叩き込むのである。
 大木の場合興奮すると、手加減なく相手に頭突きをぶち込んだ為、対戦者には大いに嫌われたという。テキサスで「プロレスの帝王」ルー・テーズのNWA世界選手権に挑戦したときなどは、気負いすぎて頭突きをテーズに連発し、テーズの怒りを買って逆に額にパンチを叩き込まれて頭部裂傷の大怪我を負って病院送りにされたほどである。ブッチャー、ブラジルとの頭突き合戦もファンを沸かせた。

 またアントニオ猪木と対戦した際にも、猪木に頭突きを連発。猪木はこれを受けきるのだが、心の中で「大木さん、もういいだろう!」と叫び、額にパンチを叩き込んで、攻守交替をして大木をマットに沈めた。日本プロレスでの下積み時代にはルームメイトで、苦楽をともにした二人の間には次第に大きな溝ができた。猪木の日本プロレス追放に際には大木は猪木追放に急先鋒となった。しかしその溝を埋めるかのように、大木は頭突きを叩き込み、猪木はそれを受けきった。試合後両者はリングの上で号泣しながら抱き合ったのである。この試合ほど大木の頭突きがひかった試合もなかろう。必殺技にはこういったスートリーも必要なのである。全斗換政権時、大統領選出馬との噂もあった、、、謹んでお悔やみするしだいである。
メーテル、、、また昭和のプロレスが一つ消えたよ、、、
合掌。

ps.ついでにばってん荒川の分も合掌、、、、





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