一方、日本で起きやすいのは、
他害行為よりも自傷行為
ではないでしょうか。
もちろん、他者への攻撃事件やSNS上での誹謗中傷も存在します。しかし全体として見ると、日本社会では怒りが外へ向かう前に、自分自身へ向かう傾向が強いように見えます。
その結果として、
若者の政治離れ
社会参加への諦め
引きこもり
孤立
精神的不調
自殺
出生率低下
地域社会の衰退
といった現象が生じているとも考えられます。
フランスでは 「声を聞いてくれないなら街へ出る」
日本では 「声を上げても変わらないから黙る」
という違いがあるのかもしれません。
そして、その背景には政策への不信感や将来不安もあります。
添付画像には、
「議員の予算照会記録を一律義務化せず、効率優先」
との見出しがあり、透明性への懸念を示す意見も書かれています。
政治への信頼は民主主義の基盤です。記録の公開方法については様々な意見がありますが、市民が「何が行われているのか分からない」と感じれば、不信感は強まります。
重要なのは、怒りや不満を抱えた人々を単純に批判することではなく、
なぜその怒りや諦めが生まれたのか。
そこを見ることだと思います。
フランスの炎上した街並みも、日本の静かな諦めも、表れ方は違います。しかし根底には、
将来への不安
格差の拡大
教育や子育てへの不満
政治への不信感
「自分の声が届かない」という感覚
が存在している可能性があります。
もしそうならば、必要なのは処罰や対立の拡大ではなく、世代や立場を超えた対話と、原因そのものへの取り組みです。
日本の場合、「暴動が起きないから問題がない」のではなく、怒りや絶望が内側へ向かい、自傷や社会からの離脱という形で現れていないかを見る必要があるのではないでしょうか。
結果だけを見るのではなく、その背景にある原因を見る。
その視点は、フランスの問題を考える時にも、日本の問題を考える時にも共通して重要だと思います。
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