様〜!。8(゚Д゚)8
でお馴染みの邪馬台国の女王卑弥呼。
日本最古の歴史書である日本書紀には、名前が記されていない。
一応、倭の女王が魏に使いを出した記述はあるけど、名前は記載されていないのだ。
神功皇后を卑弥呼に比している様子はあるが、卑弥呼と神功皇后とは、時代に開きがあるし、神功皇后自体の実在が疑われ手いる。
話を日本書紀に戻そう。
日本書紀には注記があり、様々な内外の歴史書を引用したりしている。
当然、日本書紀の製作者達も、魏志倭人伝の倭人の章は読んでいたはず。
なのに卑弥呼の表記はしなかった。
こっからは私の推察。
日本書紀の編纂を命じたのは天武天皇。
編纂を指揮したの藤原不比等。
おそらく日本書紀成立以前にあった歴史書や伝承の中に、天皇家や藤原家に対する不利益に記述等があったのではなかろうか?。
例えば蘇我氏が卑弥呼の末裔であったとか。(`・ω・´)
知らんけど。(笑)
おそらくだけど、邪馬台国と大和朝廷って連続性がなかったじゃないかなあ?。
だから倭の女王を神功皇后に比定して、我が朝は歴史が長いんだぜ!スゲーだろうと言いたかったのかも知れん。
日本書紀以前の歴史書って、蘇我蝦夷が自宅に火を放って自害し、一緒に燃え尽きた事になってるからねえ。
ここら辺になんか当時の闇を感じるのは、私だけであろうか?。
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