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2026年10月12日20:30

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阪急6300系 「懐かしの特急 往年の路を行く〜」

7時45分頃、汁パレスを出る。
烏丸発7時58分の準急に乗車。
桂川橋梁には既に撮り鉄が待機していた。
西山天王山にもが1人。
大山崎で下車。
ホームの大阪方には既に撮り鉄が1人いた。
まだ8時半、先は長い。
天気は、雲一つ無かった昨日、一昨日とは違いかなり雲が出ている。
矢張り昨日、一昨日に撮り鉄に来たかった。

先ずは8300系の準急京都河原町行きでアングルを決める。
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続いて9300系特急。
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8時55分、5300系の回送が通過。
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そして5300系の準急を撮り鉄。
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9時30分、1300系1307F「ゆめまちアクション号」ラッピング準急。
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9時58分、7000系快速特急「京とれいん 雅洛」が通過。
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10時7分、2300系2300F「NEW MODEL 2300」ヘッドマーク付き特急が通過。
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10時58分、7000系快速特急「京とれいん 雅洛」が通過。
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11時27分、2人撮り鉄が来る。
更に続々と撮り鉄が集まる。
11時49分、新幹線を撮影していた撮り鉄が撤退。
11時51分、8300系準急が到着。
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11時58分、7000系快速特急「京とれいん 雅洛」が通過。
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12時17分、6300系6352F 貸切 「懐かしの特急 往年の路を行く〜」がやって来る。
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久し振りの本線走行。
水無瀬橋梁で、2300系と新旧特急車輛の邂逅。
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大山崎駅へと迫って来る。
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「京都線の女王」と謳われた特急専用車輛6300系が、かつての栄光を取り戻す様にタイフォンを響かせながら走り去って行った。
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撮り鉄は30人前後といった所だった。

12時20分の京都河原町行き準急に乗車。
各駅毎に、沿線に撮り鉄がいる。
特に洛西口の大阪方ホームには、多数の撮り鉄と監視の助役までいた。
桂でも脚立を背負った撮り鉄が多数下車した。
桂川橋梁にも5〜60人か、それ以上の撮り鉄がいた。
12時40分、西京極で下車。
大阪行きホームに移動する。
そして12時45分、6300系6352F 貸切 「懐かしの特急 往年の路を行く〜」が通過。
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続いて12時47分、7000系快速特急「京とれいん 雅洛」が通過。
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完全に日が陰って仕舞った。
12時50分、1300系1307F「ゆめまちアクション号」ラッピング準急が到着。
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12時58分、2300系2300F「NEW MODEL 2300」ヘッドマーク付き特急が通過。
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13時9分、京都河原町で折り返して来た6300系6352F 貸切 「懐かしの特急 往年の路を行く〜」が通過。
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撮り鉄は60人程だった。

13時13分の天下茶屋行き準急に乗車。
西京極を出て桂川を渡る。
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桂川橋梁は、最終的には120人程の撮り鉄が集結したそうだ。
桂で特急待避の間に、桂車庫へ入庫する6300系6352F 貸切 「懐かしの特急 往年の路を行く〜」を撮影。
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そして同じ準急に乗車。

13時35分、上牧で下車。
15分程歩いて、梶原上三番踏切に到着。
10人程の撮り鉄がたむろしている。
13時55分、7000系快速特急「京とれいん 雅洛」が通過。
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良い感じに日が当たっている。
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13時57分、7300系準急でアングルを決める。
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しかし、またもや日が陰って来た。
雲からひが差してくれる事を祈りながら6300系を待つ。
果たして、14時10分。
日が陰った中を、6300系6352F 貸切 「懐かしの特急 往年の路を行く〜」が通過。
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目の前を走り去って行った。
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しかし、ここでも曇られて終い、矢張り昨日一昨日に撮り鉄すれば良かった。
全く持ってついていない。

上牧に戻り、業務スーパーで買物。
高槻に出て、ネカフェで撮影した画像をUPする。
そして汁パレスに帰宅。
帰りにライフでも買物。
ライフでは、たまたま浅見さんとお会いした。
昨日の足洗い、0時まで続いていたそうで早々に撤退した私の判断は正しかった様だ。
0時まで爆呑みしていたら、とてもじゃないが今日、6300系の撮り鉄には行けなかっただろう。
汁パレスには17時半に着いた。
今日の晩飯は。
アッシュ・パルマンティエ(挽肉とマッシュポテトのグラタン)
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ミッシュマッシュ(ブルガリア風炒り卵)
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鶏とシメジのシャンパン蒸し(オリジナル)
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野菜サラダ
〆にスパゲッティ・ミートソース
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阪急6300系と言えば、京都線の女王と言われた名車。
子供の時分から憧れた特急車輛であった。
在来の車輛と違い、車端部に移動した、2枚扉とロングシートがほぼ存在しない、転換クロスシートの豪華な車内設備は国鉄の特急形車輛に、勝るとも劣らないと思っていた。
運転台窓上に付けられた「H」のエンブレムは、国鉄の特急形の「JNR」エンブレムを思わせ、マルーンの車体にアイボリーの帯を巻いた姿は、気品さえ感じられた。
まさに「京都線の女王」の名に恥じないものであった。
そして当時の特急は、十三を出ると京都の大宮までノンストップ。
これがまた「特別な」列車である事を思い起こさせていた。
通勤特急は高槻市に停車していたが、当時はまだ小学生中学生。
梅田や河原町へ通学したりする用事は無かった。
なので国鉄の特急並みに乗車する機会は無く、河原町行った帰りに大宮までちょこっと乗車したり、急行や普通の運用に入っているスジを調べて乗車したりしていた。
自慢の転換クロスシートは、乗り心地がよく高級なソファに腰掛けている様な感じで、国鉄の117系の転換クロスシートや特急形の485系の回転クロスシートよりも圧倒的に上だと思っていた。
阪急で働く様になってからは、冬場のホーム立番で、6300系が来ると床下から抵抗制御を通った暖かい空気が流れて来て、寒いプラットホームで心地よい一時を頂いた。
不思議なもので、6300系が一番、暖かった。

1997年3月のダイヤ改正で全特急が高槻市に停車する様になり、特別感が薄れて仕舞ったが、これも時代の流れだったのだろう。
ダイヤ改正の前日、高槻市を通過する最終の特急と、高槻市に停車する最終の通勤特急を見送った。
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京都で1人暮らしを初めてからは、6300系特急で大阪に行くのが当たり前になっていたが、2010年1月、遂に本線運用から引退して仕舞った。
その後も嵐山線での運用や「京とれいん」での活躍など話題には事欠かなかった。
しかし、2022年12月に「京とれいん」が引退。
そして今年11月、嵐山線からも引退。
1975年のデビュー以来、51年もの長きに渡り活躍した6300系も遂に引退。
本当に長い間、お疲れ様でした。
そして、有難う御座いました。
6300系よ、永遠に!!

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