今回のテーマは、動物関連である。主役は我々ヒトにもっとも近いチンパンジーである。外見上二本足で立ち上がり、独自の文明を切り開いた現生人類は間違いなく、特異な存在だ。歴史を巻き戻すと、アフリカの密林で現存するチンパンジーのように四足歩行しながら地上を移動し、時に木に登っていた。人類の祖先を辿るべく、京都大学の霊長類研究所はアフリカの密林を分け入って、チンパンジーの行動を調査した。群れを観察するうちに、薬草として利用していることも突き止めた。NHKにてかつて定期的に放送されていた「知られざる野生」という番組の構成を元に、タンザニアのマハレの森で暮らすチンパンジーを見つめていく。
なお番組に出演する故人となった京都大学の西田利貞教授が積極的にフィールドに通っている時期から西暦2000年代前半の映像と推定される。西田教授は、2011年に直腸がんによって70歳で亡くなった。教授の研究成果は、霊長類学会の発展に大きく貢献した。
<知られざる野生 チンパンジー 薬のある暮らし>
必:写真出展無記載 番組を再生中に携帯カメラで撮影
我々ヒトと推定700万年前まで共通の祖先を持つチンパンジーは、知能が高く、石や木の枝を道具に使うことで知られている。群れごとに生活習慣が異なり、独自の文化を育んでいる。タンザニアのタンガニーカ湖の東に面するマハレ国立公園に暮らすチンパンジーの群れは、薬草を使って体内の寄生虫を退治していた。今日は国立公園に暮らすチンパンジーを追っていく。
目次
1. マハレの森とチンパンジーの社会 ―― 京大調査隊とたどる「文化」の旅
2. 森の知恵と薬草の謎 ―― チンパンジーが使う「薬」と寄生虫退治
3. 毒と薬の境界線 ―― 熱帯雨林が秘める人類への贈り物
1. マハレの森とチンパンジーの社会 ―― 京大調査隊とたどる「文化」の旅
タンガニーカ湖の北部にある交易の中心地キゴマが旅の出発地である。市場の脇に大きなトラクターが止まり、取り立ての果物が運ばれた。市場には、バケツ籠を持った買い物客が訪れ、店員に声をかけて、値段交渉をしていた。買い物客の値引き要求に、店員が応じ、価格の折り合いがつけば、売買が成立する。タンザニア北西部のキゴマ州は、商業地として栄え、都市化が進展している。
市場から130km南下すると、熱帯の森が広がるマハレ国立公園があり、40年以上京都大学の類人猿研究所が拠点を構えている。生息するチンパンジーは、およそ700頭と推定され、それぞれいくつかの群れに分かれて行動している。長年の研究から、国立公園に暮らす群れが、他の森に暮らす群れと異なる習慣、いわば「文化」を持っていることが明らかになった。60頭の群れを率いる24歳のオスは、獣道の真ん中で両手の拳を地面につきながら、周辺の木で果物を採取する仲間の様子を見守っている。

平均寿命40歳から50歳になるチンパンジーの中では、中年の部類に入るリーダーオスは、仲間を餌場へ導く義務を負う。京都大学の大学院理学研究科の西田利貞教授は、両手で果物を割って、固い実を加える仲間の様子をビデオカメラに記録していた。教授自身も、チンパンジーの食べた葉っぱや果物を口にし、味を確かめる。リーダーの合図と共に群れは、藪の中へ移動し、西田教授も最後尾につく。野生のチンパンジーは、西田さんと長く接し、警戒心を解き、いつしか素顔を現すようになった。行動圏は、湖に沿って南北およそ15kmの範囲に及ぶ。10本の川が流れ、谷が入り組む場所があり、およそ4日かけて1周している。
岩が転がる川原に行き着くと、リーダーは立ち往生する。子連れの母親が、前足を伸ばして、岩伝いに渡っていくが、道が途絶え、引き返した。チンパンジーは、泳ぎが不得意で、水を怖がる習性がある。勇気のある1頭が、拳を岩につけながら、親子が引き返した道を辿った。岩伝いの道は途中で寸断され、小腰を屈めて、水深を確認した。この1頭は、後ろ足で立ち上がり、前足を伸ばし、数メートル離れた岩に向かってジャンプし、無事に着地した。先ほど引き返した子連れの母親は、恐る恐る岩に近づき、水の中に手を入れた。子供はお腹にしがみつき、辺りの様子をうかがう。子連れの母親は、浅い水の中を突っ切り、小さくジャンプして、目的の岩に飛び移り、対岸へたどり着いた。他の仲間も、水に浸からないように注意しながら、対岸へ渡ると、再び森の中に足を踏み入れた。リーダーが、先頭に立ち、藪を掻き分けながら、獣道を進み、目的の青色の実をつけたビロンゴの木に登った。太い幹に爪を立て、高いところに伸びる枝を伝い、緑色の実をちぎり取り、口の中に入れた。西田さんは、チンパンジーがこぼした実を拾い、試しに齧ってみた。この24歳のオスが率いる群れの食料は、半分が果物と記録されている。果物には、糖分が含まれる甘味とビタミンCやクエン酸が含まれる酸味が混ざりあう。つまり免疫力を高める効果を果たしているのである。果物を食べ終えると、たんぱく質が含まれる若葉を枝から切り取り、口の中に入れて、奥歯で噛み潰した。果物に不足する蛋白源を若葉から補い、食のバランスを考えていた。地上に降りると、藪の中の狭い道を移動した。次に採取した植物はワラビだった。木に登ることはなく、両手でむしりとり、少しずつ口の中に入れていく。枯れ草も引き抜き、茎の中に潜むアリも舌で絡め取った。西田さんの調査によると、チンパンジーの食べ物は400種に上り、栄養のバランスが取れているという。群れは、やがてタンガニーカ湖の岸辺に現れ、両手を伸ばして、岩をひっくり返した。岩を持ち上げ、舌先で裏を舐めたのである。湖は塩分濃度が濃く、岩にもたっぷり含まれている。古くから人間の命をつないでいた塩を、湖から採取していたのだった。
写真=タンガニーカ湖の空撮 掲載元 easy travelより
https://www.easytravel.co.tz/ja/blog/reasons-why-you-should-visit-lake-tanganyika/
このチンパンジーの群れは、週に1度程、湖に聳え立つ枯れ木に登り、幹に開いた穴に顔を入れて、舌で舐めていた。木の種類はナツメグで、果物ほどではないが、甘味が含まれている。なぜ、わざわざナツメグの木を舐めるのか、長年観察する西田教授にも答えが出なかった。彼の最近の調査で最大の発見は、この群れが薬を使うことである。ある一匹の行動を見てみると、枯れた草の細長い茎を口に入れて、引き抜いていた。幹に傷は入らず、丁寧に舐めているようである。群れが離れた後、西田さんは、葉っぱを切り取った後に幹から出てくる汁をじっと見た。博士は薬指で汁を取り、口の中に入れた。この汁の正体は、チンパンジーの薬だという。
チンパンジーは、自生する草の葉や木の実などで食料を賄っているが、時には風邪を引くことがある。人間と同じく、鼻がつまり、むず痒い経験を味わう。チンパンジーも鼻が詰まった状況では、呼吸が苦しくなり、人間と同じく対策をとっていた。細い幹を鼻穴に突っ込み、粘膜を刺激して、くしゃみと共に鼻水を吐き出す方法である。西田さんは、この葉っぱを切り取った後に出てくる汁は、風邪薬になっていると考えている。
2. 森の知恵と薬草の謎 ―― チンパンジーが使う「薬」と寄生虫退治
12月、マハレの森に雨季が訪れた。気温は30度、湿度は80%になり、蒸し暑さによって、チンパンジーの体力は落ちていく。同じ森に暮らす別の群れは、お腹を壊して、森の中でじっとうずくまっていた。しばらくすると、痛みをこらえ、茂みの中に入り、腰を落として、葉っぱの先をちぎって、飲み込んだ。日ごろの食事のときの様子と比べて、ずいぶんとゆったりとし、葉の一番外側の棘の部分以外は残している。西田さんも、腰を屈めながら、口をあけて、葉っぱの先をちぎって、飲み込んだ。この葉は「カヘンベワンシア」という。彼は、再び追跡をはじめ、道に落ちた糞を見つけて、立ち止まった。繊維質が高い葉っぱが消化されないまま、糞に含まれていたのである。

彼の調査によると、糞に含まれる葉は13枚を数えた。噛み潰すことなく、直接飲み込んだ葉は10枚になるという。消化されない葉は、全て表面に小さな毛が生えていた。地元の人々の暮らしを見ると、毛のついた葉は、木を削る紙やすりの代わりに用いていた。スープを飲むときに使う柄杓を磨くときも、毛のついた葉を利用していた。道具を使うことに慣れているチンパンジーといえども、さすがに人間のように器用ではない。チンパンジーが葉の刺の部分を飲み込む理由は、寄生虫退治である。この説を発表した研究者の考えによると、葉を飲み込むと、胃の管の部分が刺激され、消化液が分泌される。腸が緩み、管の中を葉っぱが通りやすくなり、寄生虫を取り込んで、糞と共に外に出す。西田さんが採取した糞の中で、葉っぱと共に死んだ寄生虫が見つかった。寄生虫を取り除くことが出来れば、病気のリスクを減らすことが出来る。24歳のオスが率いる一団は、岩に腰掛けて、キク科のベルノニアという植物の茎を引き裂き、繊維質の部分を外に出し、汁を吸い取っていた。

地元の民族は、このベルノニアと呼ばれる植物を採取し、薬草として服用していた。摘み取った葉を手でもみ、緑色の汁を出し、水で薄める。この薄まった汁を飲むと、腹痛に効くという。京都大学の研究チームは、ベルノニアを持ち帰り、成分を分析した。これまで知られていなかった成分が10種類見つかり、霊長類学の分野以外の科学者からも注目を浴びた。研究チームは、ベルノニアの葉っぱから検出された殺菌作用が高い成分を「ベルノダリン」と名づけた。葉っぱを直接飲み込むと危険であるため、水の中に入れて薄める必要があった。茎の中からは、寄生虫退治の特効薬になるバクテリアが検出された。研究者は、茎の中に含まれたバクテリアを「ベルノニオサイドB1」と名づけた。植物の茎の中に潜んでいる細胞だが、葉っぱが折られると、汁の中からあふれ出す。殺菌力が弱いため、直接舐めても健康に害はなく、胃の中の小さな微生物が取り除かれる。地元の民族は、汁を飲まず、猛毒性のベルノダリンが含まれる葉っぱを枝から切り取って、籠の中に詰めていた。村に持ち帰ると、必ず葉を絞って、汁をコップに移し、水を注いで薄めていた。汁の中にはたんぱく質が含まれ、エネルギー源になる。

3. 毒と薬の境界線 ―― 熱帯雨林が秘める人類への贈り物
熱帯の植物は、小さな動物などに食べられた経験から、強い毒を蓄えた。アルカロイドやタンニンなどの成分は、動物の体内に入ると、中毒を起こす。
人間やチンパンジーは、毒に対する免疫があり、茎の中に含まれるベルノダリンは、寄生虫をやっつける薬になった。熱帯雨林には、薬草となる未発見の植物の葉がたくさんあると考えられている。毒を含む葉は、場合によっては薬に変わる。南米大陸のジャングルに生えるキナの木からは、マラリヤの特効薬キニーネが作られていた。マラリヤを引き起こすのはカの唾液から移されるマラリヤ原虫だ。この原虫は人の赤血球に入って増殖し、細胞破壊を行う。感染者は、吐き気や眩暈が起こり、意識障害や腎不全などで死亡する。キナの木が作り出すキニーネはこのマラリヤ原虫の活動を抑止する役割を果たしてくれる。使い方や量をうまくコントロールすると毒は、病気を治す薬になる。現在人間が使っている薬の多くは、こうした植物の毒に由来している。
写真=マラリアの特効薬キニーネ 掲載元 内藤記念くすり博物館より
https://www.eisai.co.jp/museum/information/topics/topics14_18.html
マラリヤ原虫のワクチンはいまだ未開発である。効マラリヤ剤は、キニーネの他にもクロロキン、メフロキン、ファンシダール、プリマキン等を使う。いずれも強い副作用が現れることがあり、使い方を間違えると、体調が悪くなる。クロロキンは、他の3つの薬剤よりも副作用が少なく、予防薬として使われたり、感染初期段階で投与されたりする。原虫の中には、クロロキンに耐性が出来ているものもいて、効果が現れないことがあるという。
地球上の植物の種類の3分の2を占める熱帯の森は、人間の実生活に欠かせない薬がまだまだ眠っている。チンパンジーは、子供の頃から母親に抱っこされ、食事の仕方を覚えることで、薬になる植物の存在に気づいた。ある程度子供が大きくなると、母親から食べ物を与えられ、果物を口にするようになる。薬となるベルノニアの葉は、母親から受け取り、茎の部分にかじりつき、汁を飲むようになった。はるか昔から、タンガニーカ湖で暮らすチンパンジーは、親から子へと薬草の使い方を教わった。研究者は、チンパンジーの暮らす森からエイズやガン細胞に効く未発見の薬が採取できると、期待を寄せている。人類にもっとも遺伝子が近いチンパンジーを観察することで、我々の祖先の暮らしが見えてくる。人類発祥の地大地溝帯で暮らすチンパンジーは、文化を育み、今もなお生き続けている。
写真=夕日に染まるタンガニーカ湖 掲載元 easy travel
あとがき:マハレの森が繋ぐ、知と命の系譜 (2026年10月1日より)
キゴマの活気ある市場の喧騒を離れ、タンガニーカ湖の南に広がるマハレの森へ足を踏み入れるとき、私たちは時間軸の大きなジャンプを体験する。そこには、スマートフォンやSNSのトレンド、あるいは日々の刹那的な生活からは想像もつかない、数十万年、数百万年単位の「生命の営み」が静かに息づいている。
チンパンジーたちが親から子へと受け継いできた知恵は、単なる本能ではない。それは、苦い葉を噛み潰して寄生虫を追い払い、毒と薬の境界線を見極める「文化」の蓄積である。彼らは言葉を持たないがゆえに、その行動のすべてが純粋な生存の歴史であり、私たち人類が忘れかけていた野生の知性の原点そのものだ。
そして、その森のなかに何十年もの人生を捧げた男がいた。京都大学の教授としてマハレに通いつめ、チンパンジーと同じ目線で葉を噛み、彼らの素顔と社会構造を解き明かした西田利貞先生である。
先生がフィールドに立ち、ビデオカメラを回し、汗を流していた日々は、今や歴史のなかに静かにしまわれている。西田先生は2011年6月7日、70歳でこの世を去り、森のなかの時間だけが変わらずに流れている。しかし、彼が遺した膨大な研究の足跡や、「チンパンジーにも文化がある」という驚愕の事実を発見したときの興奮は、今も色あせることなく私たちに語りかけてくる。
以下関連作品
・古人類学『二足歩行と石器のドリル:700万年を繋ぐ道具の系譜』虫歯治療 トゥーマイ、ネアンデルタール人、ホモ・サピエンス
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1992167533&owner_id=32437106&from=list_diary_title
・テナガザル科の進化の道筋、我々ヒトとの共通点
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986289679&owner_id=32437106&from=list_diary_title
・ネイチャー・ドキュメンタリー作品「馬年!モンゴル大草原に生きる世界唯一の野生馬モウコノウマ>
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991837967&owner_id=32437106&from=list_diary_title
■10月も全国的に高温 雨続きから一転、晴れる日多く 紅葉の色づき遅れる所も
(日本気象協会 - 10月01日 17:11)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=174&from=diary&id=8971529
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