身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
自分の考えなどに執着を捨てて空っぽにして成り行きに任せてこそ、
うまくいここともあるという意味と思っていました。
人によっては、
身を惜しまない覚悟で臨んでこそ、窮地を脱する活路が見えることがある
みたいな解釈もあるみたい。追い詰められたときに使う、そっちのが多いのかな?
人によっても解釈が違うみたい?
元ネタを調べてみたら、
山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ
平安時代の空也上人という人の歌らしいです。
山あいの川を流れてきたトチの実が、自分から川に身を投げたからこそやがては浮かび上がり、こうして広い下流に到達することができたのだという意味。
仏教において執着を捨てることで悟りを得られるということを詠んだのかな。
神道も同じかもしれない。
惟神(かんながら)
自分は神様の器であって、その器を我欲でいっぱいにしていたら、神様の入る余地がない。
やるべきことをやって、あとは天に身を任せる、それがうまくいく秘訣だとおもっています。
神仏習合できたのは、そういうところが同じだったからなのかもしれない。
昔から伝わっていることで、同じところってある意味真理だよなぁと思う。
やることやって、
あとは成り行きに任せること。
心を空っぽにして、
おおらかな心で暮らすこと。
ああしなきゃ、こうしなきゃ、って、
時間に追われて一日が終わってしまったらもったいない。
仕事に追われるほど、
一日一日、大切に暮らしたいと考えなおしました。
日日是好日♪
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