タムロン、ソニーからの買収提案認める 特別委員会を設置して検討
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=32&from=diary&id=8887819
「ソニーがタムロンを買収するんだって」
「お互いに企業価値が上がって業績に反映されるかどうかが焦点だろうな」
県の福祉セクター主催の人権講座の2回目
毎月一回アスティ徳島の会議場のようなところに50人ほどが集まる
今日は精神保健福祉士の坂本拓さんという35歳の方の実体験から見たヤングケアラー問題について
父親の暴力などで母親が精神疾患を発症し子と母が寄り添う暮らしの中で家族からの独立や個人としての自立にもがく青年の生々しい実生活が語られた
具体的な話しが多いので参考になる点も多かった
買って来た久し振りのケンタッキーをむさぼるように3ピースも一気に食べてしまった
眠くなったので今日はこれで終了
今日の拾い言
𝐃α𝐟𝐫Σ𝐠𝐞Ω𝐞𝐬𝐞π
@jamaisVeuphoria
哲学とは、世界を眺める視線そのものを更新する実践である。それは知識の蓄積ではなく、感性の再編成である。
レヴィ=ストロースが批判したのは、サルトルの主体中心の弁証法的理性であった——哲学そのものではなく、彼はその終わりを決して宣言しなかった。構造主義は哲学を終焉させるものではなかった;むしろ、哲学の中に亀裂を生じさせ、それ以降のすべての哲学をその亀裂の中から思考し続けざるを得ないものとした。
たとえすべての問いに原理的に構造的な解決が与えられたとしても、人間はそれを即座に真理として受け入れることはない。構造が明らかにするのは現象の配列であり、生きる理由ではない。「1+1=2」の真理が決して誰かの人生を支える信念になることができないように、同様の断絶がこの問題の核心にある。
哲学の本質は、数学的演繹のように、与えられた前提から必然的な結論を導き出すことではない。それどころか、それは問いの提起から始まる——決着のつかない答えを許容しない事実と向き合い、それに応じて仮説を紡ぎ出す。この思考は、本質的に曖昧な媒体である自然言語の上に築かれているため、根本的な不確定性を決して逃れることはできない。
しかし、まさにこの欠陥の中に意味が存在する。この未完の場の中で、決して閉鎖を達成することのない場の中で、個人は自らの生きられた経験から独自の価値体系を織り上げることができる。その体系は普遍的に有効な絶対的解決ではない——しかし個人にとっては、それが人生を貫く信念となり、自己を定義する真理となる。
これを、無意味と呼べるだろうか?本当の問いは、理性だけによってのみ、望むに値する世界が到来しうるかどうかである。今こそ、我々が自ら築いた人工的な価値体系を問い直し、その根元から再考する時である。
Kana
@Kana_Tsbs
機能で売ると比較される、造形で売ると比較されない。
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