<2026年 4月19日(日)5月5日(火・祝)心を開いて 〜ツツジとバラが彩る横浜ライド
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今回ZARDの坂井泉水の命日に合わせて、名曲「心を開いて」をモチーフにした旅作品である。
• はじめに:再生の物語
4月19日(日)
• 第1章:都筑区 横浜国際プール前、住民に寄り添うツツジ
• 第2章:都筑区 せきれいの道を経て、せせらぎ公園、早淵やまどり公園
• 第3章:みなとみらいから山手地区へ
• 第4章:西洋館内の出会い、横浜公園から日本大通、関内通り
5月5日(火・祝)
• 第5章:5月5日(火・祝)港北ニュータウン、新緑めぐり
• 第6章:バラに彩られた庭園
• 第7章 山下公園へ フィナーレ 川和富士公園の夜景(4月19日と5月5日)
• あとがき 19回目の命日に寄せて
はじめに:再生の物語
1996年5月6日にリリースされたZARDの18作目のシングル「心を開いて」は、発表されて30年が経過しても、カラオケの定番曲として残り続けている。同曲をテーマに、私が辿ったツツジやバラが咲き出す横浜市を巡る旅を描く。
長い冬を越えると、さわやかな風を受けて、足元から植物が芽吹く。色鮮やかな花園は、我々の心に彩りを添える。閉ざされていた内面の世界を外気へと解き放つ、鮮やかな再生の物語である。
・4月19日(日)
第1章 都筑区 横浜国際プール前、住民に寄り添うツツジ
朝から温かい風を受けて、自転車に乗り、横浜市と川崎市に跨る県道上麻生線を走ると、熱がこもってくる。坂を登り、心拍数があがるうちに、首元が幾分ヒヤっとした。気温の上昇に伴い、汗もかくようになる。横浜市青葉区みすずヶ丘の八重桜並木では、一陣の風と共に花びらが落ちていった。葉をつけて開花する性質から、既に初夏の装いを帯び始めていた。
初めに訪れたのは横浜市営地下鉄グリーンラインの「北山田駅」の北側横浜国際プール前。真っ青な空の下で、紫や白、ピンクなど異なる色のツツジは、ZARDの「心を開いて」のピアノメロディーとも合わさる。実に淡い色合いと甘い蜜で昆虫を誘い出す。背景となるガラス張りのモダン建築のプールの外観と対比することで、非日常的な空気を味わえる。

敷地の外周部を巡っているうちに、若葉が芽吹く山田富士公園へ足を向けた。その一角、竹林の中に設けられた東屋は、日差しを遮ってくれて、ほっと落ち着ける空間だった。なぜかこうして一歩人通りから離れると、かつての思い出が蘇ってくる。友人や恋人と、広い公園で散歩した。当時は話すことに夢中で、生垣を彩るツツジは脇役に過ぎなかった。喧騒から離れると、自分は何を目的にここへきたのか、と目的を問うようになる。

第2章 都筑区 せきれいの道を経て、せせらぎ公園、早淵やまどり公園
港北ニュータウンは、住民に寄り添う遊歩道も整備された。グリーンラインの仲町台駅の程近く、用水路に沿って公園をはしごする「せきれいの道」は、静かな空間にツツジの花が溶け込んでいた。水際に続く藍色の帯によって、人の流れを異なる方向に分けていた。自転車をとめて、周辺を散策する。新芽が芽吹き、すっかり黄緑に染まっていた。流れが緩やかな水面は、モミジの若葉と建物を立体的に浮かび上がらせる。繁茂する下草によって影ができていた。誰にだって不安や悩みがある。自分を取り戻すために、来たのかもしれない。

山田富士公園で自分に投げかけた問いに答えが出せるような気がした。自転車を走らせて、せせらぎ橋を潜り抜けた。人工池の淵を囲むように遊歩道が続く。木々のトンネルから開放され、抜けるような青空の下、幾分緊張が解れた。例年カルガモやカイツブリが複数回にわたって子育てを行う。水面にとどまるカイツブリの雛鳥に対して、カルガモの雛鳥は積極的に人々の前を横切る。距離の近さからスマホを向けて、写真にも記録しやすい。日に日に成長する雛鳥を観察すると、成長期の自分とも重なる。公園からせきれいの道にそっていくと、再び樹木のアーチへと入っていく。

終着地の早淵やまどり公園は、サッカーができるグラウンドと、遊具を隔てる生垣に朱色のツツジが咲く。体が小さなうちは、背丈が2mから3mのジャングルジムに登ることは一種のクライミングだった。つり橋を渡ってバランス感覚を養い、滑り台を降りる際風を切る軽やかさに、手ごたえを感じた。自転車に乗り、せせらぎ公園へ戻る道すがら、人工林の堆肥枠を外から眺めた。秋にモミジが真っ赤になる頃、一足早く落葉する薄茶色のケヤキを受け止めていた。新緑の季節、周囲の斜面に同化したことで気にもとめなかった。団地の合間を緑道が走る港北ニュータウンは、心身ともにリフレッシュできる環境が整っていた。
第3章 みなとみらいから山手地区へ
せせらぎ公園から距離にしておよそ12km、正午を境に運河パーク付近は、シートを広げてお弁当を食べる家族の姿がある。シンボルとなる地上70階、高さ269mのランドマークタワーの麓に係留保存された日本丸は帆を張る。汽車道を自転車で引っ張って歩いていると、生垣のツツジによって、帆の部分は隠れてしまう。それにしても、青空に垂直に聳え立つランドマークタワーは、港町の骨格を示していた。北東側を向くと、ヨットの帆の形をしたインター・コンチネンタルホテルと、観覧車コスモクロックが、角度によっては重なり合う。ツツジを前景に、アニヴェルセル横浜みなとみらいやワールドポーターズのモダンな建物が映る1枚は、より趣を成す。

日常の喧騒がふと遠のき、穏やかな港町の空気が満ちてくる。汽車道の先は、桜木町駅を結ぶ都市型ロープ・ウェイ「エア・キャビン」の終着となる「運河パーク駅」、歯車のように規則正しく動くキャビンは、都市の息遣いを表していた。

東の方角には、石造りの万国橋を、車が行き交う。竣工時となる1940年の光景を、一輪のつつじの花が静かに物語っているようだった。
山下公園の方では、5月6日のGWまでの期間限定で花壇展が開催されていた。その一つ、港造園薬品会社が製作した「里山の小川」、鹿やウサギ、リス達が可憐なデイジーやネモフィラの花園で遊ぶ姿は、都会の真ん中に現れた小さな魔法のようである。メルヘンチックな光景は、子供から大人まで幅広い世代の共感を呼んでいた。

海に面した山下公園から、標高37mの港の見える丘公園の展望台へ向かって谷戸坂を登っていく。サイクリストには、距離300m、平均斜度11%の難所である。確かに膝に負担がくるうえに、息も苦しくなる。ギアを一番下に下げて、ハンドルを握りながら、膝の回転数をあげていく。たどり着いた先に待っている世界を考えると、挑戦として割り切れるようになる。花園に囲まれた西洋館は、外国人居留地として設けられた歴史を現代の我々に伝えてくれる。展望台からツツジ越しに横浜ベイブリッジを臨む。鮮やかなピンクの花々を前景に据えた構図は、都市の機能美と季節の優しさが重なり合う一瞬である。柔らかなツツジの色彩が海風にたなびくように広がっていた。その向こうでベイブリッジの白い主塔が凛とした表情で空を切り取っている。激しい坂道を登りきった者だけが味わえる、爽快な潮風と春の色彩が溶け合う至福の眺望である。
ずっと忘れたくない光景、周囲には肩を寄せ合うカップルらが、青空をバックに広がる景観に思いを馳せていた。将来どうなるかわからない。この場でこうして好きな人と過ごした日々は、かけがえのない思い出になるはずである。
第4章 西洋館内の出会い、横浜公園から日本大通、関内通り
港の見える丘公園内の山手111番館の一室では、市民サークルによる展覧会の開催中である。今回の団体は和紙を使って絵を描いていた。タイトルは「早く!早く!」、主役のエナガの雛鳥達が、兄弟達と競うように親鳥から餌をねだっていた。和紙特有の繊維が重なることで、鳥達の柔らかな毛並みに深みを与えている。雛鳥たちの表情は、素材の力によって立体感を増していた。
次の山手234番館は、市民のサークルによる写真展である。その一作「河童橋」、長野県松本市上高地でのおなじみの風景である。雪を頂く穂高連峰を背景に、梓川沿いに迫り出すように松の木は葉っぱで木陰を提供した。文明の喧騒を離れ、手つかずの大自然と静寂が共存する、訪れる者の心を洗う「神降地」とも呼ばれる特別な空間だった。
所変わって、西洋館が並ぶ山手地区の高台から下り、平坦地の横浜公園へと向う。どっしりと構えたスタジアムの影で、由緒ある日本庭園が設けられている。この日は人気アイドル「=LOVE」のコンサートの日、若い男女が、仲間たちと推しグッズの内輪やタオルを手にしながら、和気藹々と話し合っていた。確かに騒がしい空間とはいえ、遅咲きのチューリップが門の脇に残り、来園客を誘い出していた。園内は、若葉が芽吹くにつれて、シャクナゲの花もシーズンを迎える。新緑の木漏れ日を優しく受け止め、まるで春の光を吸い込んだかのような柔らかな光沢を放っていた。

日本大通の花壇では、遅咲きのチューリップとルピナスが点在する。一転して、関内通りでは、厚みのある八重桜の花びらが、葉っぱと共に、一陣の風を受けて、ささやいていた。ビルの隙間は日差しが閉ざされているとはいえ、それぞれ植物達は、決まった時期に花を咲かせる。正直に我々に気候の変化を告げていた。

午後5時を過ぎて、みなとみらいから離れていった。潮風を感じ、適度に湿気もあるさわやかな春、植栽を通して、人々の日常を彩っていた。陽がかげる前に、帰り道の途中に位置する都筑区佐江戸のツツジ園を訪れた。個人が庭先で手入れすることで、庭先の斜面にオオムラサキを中心に開花する。斜面を登り、迷路を抜けていくと、開けた空間に出る。庭先の花びらは小さかったとはいえ、日差しが届く広場はすでに大きくなっていた。少し都会から離れた懐かしき里山と呼べる風景がある。我々に心を開いてくれた植物は、色彩豊かな世界を演出した。

・5月5日(火・祝)
第5章 港北ニュータウン、新緑めぐり
5月5日、立夏を過ぎたばかりの横浜市都筑区は、まばゆい陽光に包まれていた。自転車のペダルをこぎ、再び港北ニュータウンの緑道へと足を踏み入れる。
午前9時台、最初に訪れた川和富士公園では、青空を背景に鯉のぼりが軽やかに泳いでいた。塚の頂上に上ること、春風を浴びて、体に染みとおってゆく感覚を抱いた。遥か遠くで箱根の山の合間から顔を出す富士山は、確かに町との距離が遠い。真っ青な空と一体化しているものの、太陽光の反射率が高い雪の影響で、その存在をアピールしていた。頂上には年配の男性のラジオから、しきりにノイズが響いていた。丁度小さい子供を連れた母親が頂上まで登ってきて、年配の男性に尋ねた。聞けば無線機で、山梨県の仲間と連絡をとっているとのことだった。周囲に遮るものがなく、南西側に大きく視界が開ける。こいのぼりも泳ぎだして、ボール遊びをする子供たちにエールを送った。

さざぶねの道から鴨池公園を経て、初めて高低差のある都筑ふれあい公園に足を向けた。谷戸部の方から入ること、周囲は竹やぶによって、住宅街から閉ざされ、ウグイスの美声が響く。日本最大の政令都市横浜市とはいえ、開発前の昭和時代の風景をそっくり残していた。古民家前の草むらでは、朱色のヘビイチゴが小さく実っていた。その控えめな赤みが、ふと自分の内側のためらいにも触れるようだった。

こうして、自然の風に吹かれていると、疲れも抜けていく。園内の竹やぶの階段を登り、ステージのある尾根部を経て、険しい地形を感じ取った。公園の谷戸部と林一つ隔てた由緒ある心行寺は、新緑の木漏れ日の中に優しく溶け込んでいた。すっかりモミジは若葉が萌え出ていた。黄色い真に薄紫の花びらが取り巻くシャクヤクの花の華麗で上品な姿は、静謐な境内の空間に程よく調和している。住職の気配はなく、いつも変わらず穏やかに時間が流れていた。

今度は、4月19日と同じく仲町台のせせらぎ公園の方角となるせきれいの道を辿って「大原みねみち公園」へと向かう。緑のトンネルを抜けた先の住宅街に隣接した水辺の広場だった。太陽の光を受けて、黄緑の葉っぱが、音色のように、問いかけてくる。水辺には木の陰が映り込む。車の幹線道路から離れ、清らかな空気に包まれている。野に咲く花や野鳥の声を聞いていると、風景に同化していくようだった。

その先の4月19日も訪問したせせらぎ公園は、幾分活気を帯びていた。人工池に浮かぶ白色や朱色の睡蓮の花の合間からカイツブリの雛鳥が鳴き声をあげていた。一方親鳥は、度々潜水しては、カエルの卵や小魚を加え、雛鳥の方へと運んだ。潜る時間が短い雛鳥は、親鳥が頼りだった。親子の姿を観察していると、誰かとの距離感に迷っていたかつての自分と対話しているような気分になった。似ているからこそ、もどかしい。けれど、そうして誰かと何かを分かち合おうとする気持ちこそが、心を外へと開いていく鍵なのかもしれない。

都筑中央公園の深い緑を抜け、心安らぐ水辺の風景 を背に、私は再び自転車のペダルを強く踏み込んだ。みなとみらいの潮騒を感じながら、山手の西洋館で待つ端午の節句の設えへと、物語は続いていく。
第6章 バラに彩られた庭園
港の見える丘公園は、連休中の晴れ間の影響から、若いカップルから年配夫婦まで、バラの香りをかぎながら、初夏の日差しを浴びていた。4月19日に主役だったツツジは、ボリュームのある淡いバラの花にその主役を譲っていた。
スタイリッシュモダンなイギリス館を背景に咲く品種「ザ・メイフラワー」は、来る初夏を祝福している。昆虫たちも密の匂いを嗅ぎ付けて、花びらへと止まった。イギリス館の扉を開けると、職員からいつもどおり「いらっしゃいませ!」と呼びかけを受ける。1階は団体予約専用。展示は2階のみ。しつらえられたダイニングには、繊細な季節の彩りが添えられていた。

歴史ある空間が現代の静かな時間と調和していた。端午の節句を迎えたサンルームでは、小さな甲冑が台座の上で用心棒の代わりを成している。ミニチュアサイズとはいえ、全身鎧で覆った上に、尖った目から、来園者を見張っているようだった。寝室の方へ目を向ければ、生活観のある空間がある。ベッドの上に飾られた幾つもの鯉のぼりや色とりどりの折り紙は、工作品のようだった。器用で繊細な少年の手作り品のように映る。かつて描いた理想の自分に出会い、心がほっこりと和んだ。
カーペットに覆われたイギリス館では、靴音を立てずに、静かに見学することで、一種のストーリーが出来上がった。

同じ公園内の山手111番館は、4月19日と同じく、サークルの仲間による展示会が開かれていた。前回は和紙による絵画作品、今回は別団体が一室を借りていた。旧オーストリアハプスブルク帝国時代から続く「プリオン・スパイス・クリュリュ装飾」の展示会である。18世紀オーストリアの宮廷文化を継承する繊細な飾りつけが、館のクラシカルな空間に溶け込んでいる。

シンプルな真茶色の机に並ぶグラスに、丸く愛らしい球体に結ばれたリボンとタッセルが添えられた。優雅で情緒的な作品は、日用品とは一線を画す。団体によると、年に何度か売り物として出しているという。西洋の芸術品が、今目の前で再現された。サークルの団体は25年の歳月を経て、同じ師の下で再会し、共同での発表にいたった。めぐり合いによって、変わることに気付かされた。
港の見える丘公園から、山手通りを走り、左手に見えてくるレンガ造りの山手234番館。2階では、4月19日(日)と同じく市民サークルの展示が催されていた。今回の団体は、実物の風景を下にしたスケッチ画である。その一作アルプスの瞳と称されるブレッド湖の聖マリアンナ教会、その清冽な青空と階段の先にある静寂は、遠い異国の地への憧憬を掻き立てる。受付をしていた作者に話を聞くことができた。物価が上昇するコロナ禍前に訪れた際、真っ青な湖に感激したと、語った。
昨年の同時期に、同じ場所を貸し切った団体の一人も、ブレッド湖をモチーフとした絵画を展示していた。その際、ツアーで訪れた際に限られた時間内で写真だけを撮り、帰国後アトリエで描き上げたと教えてくれた。
写真の方は気象条件さえ整えば、誰でも一定程度の作品に仕上がる。一方絵画では、水面の光加減、樹木の質感を含め、作者次第で変えられる。実に感性に大きく左右される分野だった。
市民団体との会話で新たな知見を得て、山手西洋全7館巡りを続けた。最終舞台はブラフ18番館である。白の建物に、緑のラインが入ったこじんまりとした外観は、集会場のようなアットホームの雰囲気さえ抱く。1階の各室や廊下にて、端午の節句の設えが出迎えてくれた。甲冑の傍らで、旬の花を生けることで、初夏の豊かな生活空間を演出する。
窓の外に広がる緑を眺めながら、自分の中で記憶が呼び覚まされる。かつて都会の無機質なビルの合間に身を寄せ、道行く人々をただ黙って眺めていたあの頃。過ぎ去る時間の速さに抗うように寄り添った、あの時の切なさが、今の風景と重なっていく。

この山手の丘で、かつての自分たちを重ね合わせながら、同じ時間を共有する今の仲間たちと出会えたことは、どんなに幸運なことだろう。
名曲「心を開いて」のBメロのサビからCメロへかけてのピアノの旋律は、閉じかけた心の扉をそっと指先でなぞるように、やわらかく響いていた。急にエレキギターの劈くような音色が轟き、一気にヒートアップする。ふいに現れるギターの響きは、春の穏やかな景色の中に、言葉にできない痛みや願いがまだ残っていることを知らせていた。ピアノが閉ざされた心をやさしく揺らし、続いて入るギターが、その揺らぎを“前へ進む力”へと変えていった。
第7章 山下公園へ フィナーレ 川和富士公園の夜景(4月19日と5月5日)
山手地区から海沿いの山下公園へ。降り注ぐ陽光の中、咲き乱れる薔薇の向こうにマリンタワーが聳え立っている。海の方へ目を転じれば、バラの花越しに、係留保存された氷川丸の船尾が静かに波間に浮かんでいた。かつて幾多の海を越え、多くの人々を大陸へと運んだ。今は静かな潮風の中で、こうして色鮮やかな花々に囲まれながら、未来へと続く港町の穏やかな刻を見守り続けている。

港町の潮風に吹かれながら、私は今日の旅が、いつまでも色褪せない記憶になることを確信していた。どんなに良かったこと、愛おしかったこと。人生を左右した出来事は、消せない過去として残る。忘れようとするほどつらくなる。だからこうして潮風に吹かれながらサイクリングすることで、過去を受け入れるようになる。
17時30分を前に山下公園から離れ、自転車に跨り、帰り道の途中、朝一番で訪れた川和富士公園へと向った。夕闇が迫る頃、芝生広場では子供たちがボール蹴りに興じていた。塚の麓で、風が吹くたびにノイバラの枝がしなっていた。掠れる様な音に聞こえるとはいえ、見方によっては、標高74mの塚の天辺へ誘い出しているようだった。

天辺からは視界はほぼ360度、朝方顔を出していた富士山は、茜色の空の下シルエット状に浮かぶ。4月19日は富士山の周囲には厚い雲がかかっていた。この日は、水蒸気がなく、一段とすっきりしていた。刻一刻と時が過ぎて、空が青みを帯びるにつれて、町の明かりがおぼろげに浮かぶ。切なさを感じながらも、その光の中に確かな温もりを見出していた。

離れてしまった友人や恋人、皆同じ空の下で暮らしている。麓の住宅街からは、ファミリー世帯の生活感が漂っていた。新興住宅の合間に緑道が結ぶ港北ニュータウンは、住民の暮らしに花が寄り添っていた。一歩外に出ればマイナスイオンを浴びて、リフレッシュできる。横浜市の中心となる大都会みなとみらい地区や山手地区は、植栽を通して、クリーンな景観を演出した。どんな場所へ移ろっても、私は私として、生きていかなければならない。オレンジのグラデーションが色あせてゆくにつれて、階段を降りていった。
夜の風が頰を優しく撫でるなか、自分の中にあった固い殻を、そっと手放せたような気がした。
自転車のハンドルを握りながら、サドルに跨り、再び漕ぎ出した。我が家へと帰路につく頃には、待っていてくれる家族がいるのだから。
終盤の旋律は、やさしさを残したまま、ふいに遠ざかっていく。まるで、手を伸ばせば届きそうだった春の光が、夕暮れとともに少しずつ薄れていくように。そこには、開いた心が再び閉じるのではなく、外の世界へ静かに溶け出していくような切なさがあった。
<終わり>
あとがき 19回目の命日に寄せて
坂井泉水がこの世を去って19年の月日が流れた。名曲の数々は、親から子へと世代を越えて歌い継がれている。デビュー35周年イヤーとなる2026年は、2月6日に大阪フェスティバルホールで、2月10日は東京国際フォーラム・ホールAにて、4年ぶりのフルバンドでのライブが開催された。巨大スクリーンに映る坂井泉水と、スタジオのバンド演奏がシンクロするライブは、時を跨ぎ、一つのステージを演出した。旅のテーマ曲「「心を開いて」は、2025年2月10日にリリースされたベスト版「 ZARD Best Request 〜35th Anniversary〜」の収録曲を決めるリクエストで第一位に選ばれた。静かでやさしいピアノメロディーは、今もなお、我々の心の扉を叩き続けている。ツツジやバラに彩られた横浜を巡りながら、その旋律が持つ再生の余韻を、あらためて胸の内で確かめた。ZARDを継承する取り組みは今なお続いている。
関連作品
・前回 2026年3月1日 テーマ曲「時の翼」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991807489&owner_id=32437106&from=list_diary_title
・前年同期 2025年5月3日(土・祝)テーマ曲「愛が見えない」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990032937&owner_id=32437106&from=list_diary_title
・前年の命日 2025年5月27日付
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990042964&owner_id=32437106&org_id=1990032937&from=neighbor_next
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