先日、松木津々二さんが日記に掲載された表題の「冊子」に関して、私が老眼の
わが身には折角の力作が、良く読めないと一分をアップしたので、松木さんから
手元に送付されて届きました。やはり、実際に手に取って読むのと、パソコンの
画面上で見るのとでは、全然感じが違いますね。その良さを実感することが出来
ました。本当に有難うございました。ただ、感謝しかございません。私の後にも
ぜひとも読みたい方が首を長くして待っていることも報告しておきます。
さて、ここから私の感想文です。まず。表紙の「御条橋」の写真です。後ろのこ
高い山を背景にコンクリートの橋に名前が「御条橋」と刻まれています。川岸の
向こう側に記念碑の大きな石碑に文字が刻まれています。広がる平野には稲田が
続いて酒米の供給地であることを見せていますね。上には酒樽をデザインして、
タイトル文字と、大きな仕込み樽や杜氏さんのイラストを配置して上はカラーで
下の写真は白黒とコントラストを付けてあるのも良いですね。
この吟醸酒のふるさとを支えて作り上げた三人の偉人の銅像の写真を見開きに
掲載したのも大変印象的ですね。著作者の名前も目次の欄の上に掲げてあります。
郷土史を紐解いて、江戸時代の国西国街道のことやら宿場町としての繁栄の様子を
四日町宿場が明治時代への時代の変化で宿場機能が不要、また鉄道の建設誘致など
次世代への移り変わりの中で海運の衰退や陸路の運送も衰退して庶民の暮らしが、
様変わりしましたね。村当時の絵図や、北前船の航路や鐡道の地図が分かり易い。
こんな時代背景のなか、主人公の登場。呉市から一人の若者が四日市に婿養子にて
入籍して木村和平と名乗り傾きかけた小島屋の商売をたて直す。 小島屋の向かい
に〈東胡屋)という店に次男の勝恭という9歳の少年がおり和平は勝恭を可愛がった
明治2年隣の嘉登屋の主人がなくなり隣の東胡屋の次男勝恭が嘉登屋を引き継ぐ。
嘉登屋を引き継ぐことになった勝恭は、島博三を名乗る。この二人が酒作りの中心
人物となります。小島屋は和平が来る前から醤油作りをしていたが、この地には
良いコメが集まってくることを知り、米酢を作ったりしたので。ここなら酒造りも
できそうだと感じていた。続く
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