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2025年01月27日11:04

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メリーさん

ジムのパウダールームで隣り合わせた『婦人会』のメンバーの一人と、『メリーさん』の話になった。

『メリーさん』とは、かつて横浜馬車道界隈に出没してた、顔を白塗りにして全身白装束の女性の通称だ。
私も会ったことがある。
なんの催しか、横浜のどこのホールかは覚えてないが、そこで彼女が「荷物、見ててくださる?」と、可愛い声で話しかけてきた。
多分化粧室に行くため席を外すので、その間椅子に置いてた大量の私物を見ててということらしい。勿論承諾した。

そんな話をしたら、婦人会メンバーの女性は、メリーさんに纏わるリアルな話題を提供してくれた。彼女Hさん、かつてこの近辺でクラブを経営してて情報通。

メリーさんが進駐軍相手に春を売ってたのは有名な話。
Hさんによると、メリーさんはプライドが高く、将校クラスしか相手にしなかったという。
ただ、進駐軍も撤退し、メリーさんも歳をとり、最後は相手選ばず2000円で商売されてたという。
「生活保護は受けられなかったの?」とHさんに訊いたら、メリーさんは横浜出身ではなく、多分保護を受けるには戸籍謄本とか書類も必要なんだろうが、ずっと帰省してなかったとか。
Hさんはそんなメリーさんのドキュメンタリー映画を娘さんと観たことがあり、ふたりでボロボロ泣いたそう。
私も心が痛んだ。

でも、ちょっと救いになる話しをHさんから伺った。

メリーさんは、シャノアールというバーのママ(男性)と仲がよかった。
ママはシャンソンを歌う方で、ステージに立つときにはメリーさんが大きなプレゼントを持って応援にかけつけ、ママに渡してたいう。

そのママが奔走して、晩年のメリーさんを施設に送ることができたのだ。
施設に入って数年後に、メリーさんは他界されたそうだ。
そして、これもママの働きだと思うが、メリーさんは亡くなるまえに故郷の弟さんとも面会できたんですって。 

きのうはカラオケオフ会で、ミュージカル『キャッツ』の劇中歌、『memory』を久しぶりに歌った。
なんだかメリーさんの身の上が、キャッツのかつて人気だった売笑婦グリザベラの晩年にかぶったのだ。

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