HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年10月21日(月)日本時間、PM0:03、北海道紋別市。
ども、まなぶです。
真似るは人としての文化。良いものは真似る。
だけど、その人になりすましする人とかいるじゃない?
なりすましするのは簡単だけど。本人しか持ち得ないことってやっぱり外面真似ても、真似ることが出来ないのよ。
未知の領域を知って性格の特徴。人間の核になる思考の特性とかさ。
なりすましになったとして得られるのは地位や名声や金ってところはやっぱりあるから真似る。
それに学はもうなんにも無抵抗だし、むしろどうでもいい。
自分自身の幸せや人生に著しく危害がなければいいのよ。
学という人間の何かを真似ることで得れるものがあってなりすましするのは
子供が無い物ねだりして、その人の着ぐるみ着て満足してるようなもんだ。
自分自身よりそっちが嬉しいなら別に構わない。
生き方は自由で真似ることで自分自身になっていく。
最初は着ぐるみでもずっとそれを本気にやってれば身となり意識となり自分自身となる。
真似た着ぐるみが表面的なだけなら、誰かにきっと着ぐるみって言われるだけ。
学をそれだと言うとか、おうむ返しやいたちごっこはしない。
真似るは人間の文化だって言ってる。産まれてから成長ってのは真似る進化だ。
言ってるのはそこじゃない。
性格や核になる部分がそもそも違い過ぎると、着ぐるみ着て喜んでるガキになるってこと。
それを指摘されちゃうってこと。
認められたらそれはそれよ。真似るは成長で人間の文化。
おうむ返ししてきて、学に指摘してもいいけど。
重要なのは自分自身の性格の核だから。
性格や思考の特性が悪質だと結果、誰かに指摘されて。
着ぐるみ剥がされる。
それが賞賛されることは真似るは成長になるだけ。
それだけよ。(笑)
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