HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年10月5日(土)、日本時間、PM1:04、北海道紋別市。
喧嘩の行く末の話。ども、まなPです。
喧嘩ってさ。最終的には自分自身の目的は?
相手を屈服させるとか、負かすとか、暴力とか圧力でねじ伏せることだろうか?
喧嘩ってのは最終的には【理解をお互いに求める意思の戦いだ】決して相手を痛め付け、圧力をかけたりねじ伏せて権力の権威により相手の心をへし折り打ち負かすことではないようにまなPは思うんだ。
もし、理解が出来ないのなら、お互いの領域を関与しないように、互いに共存できるように自分自身の領域を持ち侵害しないようにする。
それが国々の始まりでもあり。喧嘩の決着なんだよね。
だからさ。喧嘩って格闘技や肉体的強弱で勝敗をつけるスポーツでもなければ、権力ある者が弱いものを屈服させるものでもなく。
どちらもお互いに譲れぬ信念で口喧嘩してさ。
どちらも対等な戦いで折れることのないお互いに信念がぶつかるなら。
喧嘩の決着は引き離れること。二度とお互いにお互いの領域に入らないことなんだと思う。最悪の結果ね。
最良の結果はお互いに理解し合うことの信念の理解。
これが大人の心の戦いなんじゃないか?
出来るなら大人の喧嘩の決着はお互いの信じ合える結末が最良の喧嘩の決着だと俺は思う。
皆さんは喧嘩ってしたことありますよね。
でも、喧嘩って本来は些細な自分自身の考えでも押し通したいことがあるときだと思う。
だが、一対一で決めなければならないこともあるし。
過半数の意見で決まるものもあるけどさ。
いや、正しい結論なんてのは置いておいて。
理解できるか?出来ないか?
理解出来ない同士は関わり合う必要がない。
理解出来る同士の世界を築けばいい。
お互いに理解の出来る人同士の世界を作ればいい。
自分自身が納得出来ない理屈を逆に押し通すってのはやっぱり対等に自分自身の意見を通すには不十分なんだよな。
自分自身が良いと思うけど、人にやられたら嫌なことってのは結局その理論は共存共栄に値しない理屈ってことになって。それを押し通すことをしても。
結局喧嘩で正しい理論のあることをする人達には勝てない。
意思としても、全ての人を巻き込んでもね。すべての人の意思を操り自分自身の味方につけるような反則なものを使わない限り。
記憶ってのは生きてる人間に必ずある生きる上での心臓の鎖みたいなもんだ。
HUNTER×HUNTERのクラピカの技みたい(笑)
喧嘩ってさ。まなPが思うより上層部は正しく審判するもんなんだなって最近わかった(笑)
結局、喧嘩するよりお互いに理解を深めて共存共栄した方がいいに決まってるだろ?
人類の王様達よ(笑)従順なる配下まなPより。
喧嘩の行く末。おわり
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