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2024年08月08日15:00

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外交的なニート

屋号 HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年、8月8日(木)日本時間、PM2:04、北海道紋別市。

YouTuberの動画観て、思うこと。渡部学は幸せなので、特に嫉妬とか、僻みはないけど。

人生で贅沢して、リゾート地で最高の優雅で贅沢の極みを堪能するって。

若いうちにこういう経験するって大事だと思う。そして、成長してから思い出とかになり、激しさや刺激を求める生き方ではなく、守りの生き方をしていく安定感のある幸せを生きる。

渡部学はその安定感のある日常が今ある。

渡部学は日本各地にも北海道外にほぼ出たことはない。リゾート地で過ごすこともない。

そういう経験から遠退いたけど。それが悔しいとも、辛いとも思わない。昔は金が無くてそういう思いをしてたけど。
金がないと贅沢も出来ないからね。

でも、今は大金持ちではないが、安定感ある幸せな日々を過ごしていて最高で思う。

ストレスのない日々だと実はどこか行って息抜きしたいとか思わず。家にいて快適で毎日贅沢な時間と飲食との継続した日々。時間があるので筋トレと柔軟体操に励む。

どっか行きたい、豪華ホテルやその場所での美味しいものとかね。確かに行かないと良さは知れないし、良さは体験して知るもの。

だからアンチな思考でそれを望んでないとは言ってない。

渡部学ももっと健康体であり、健全なら大金持ちなら、高級リゾート地でのんびりバカンスしたい。日本国内や海外のね。しかも女性ともウハウハしたい健全なら(笑)

でも、どういうわけか透析患者になり、身動きは窮屈になり、死ぬまで透析療法必要な身体。
リゾート地でのんびり暮らす金もそもそもない人生であるし。

なのに、悔やむどころか、なんか最近ではいらない欲望が全て捨て去って心が軽快になって、日々満足した生き方してるっていうかさ(笑)

無職は金さえありゃ最高ってこと。当たり前だよな。生活のためにみんな仕事して稼ぐ。

無職では生きられない。生活する稼ぎすら稼げなかったら路頭に迷う。

それをどういうわけか、実家暮らしのニートおじさんとして。恥ずかしげもなくここで広報してる。

人には、人の価値観で見る幸せがそれぞれある。

それぞれの価値観で生き方や関わる人達が変わる。

渡部学が幸せなのは、幸せだと感じて日々流れに任せて暮らしてること。

それが家族に働けとか、働かないと生活できないとか。なんとか働いてくれって喧嘩ばかりの毎日とかダークな時間で人間関係が悪化してる引きこもりなら、もう最悪な日々だった。

未知の領域も含めて、色んなことがあり、透析療法必要な身体になり、今の無職は家族が母や兄が望んでること。
働かなくていい。でも働いてもいいけど、紋別市じゃーその身体で条件は大変だしねって。
そういうことで人間関係良好に今はとりあえず問題なく生活が無職でいることが出来てる。
ただ、渡部学はこのままでは自立出来てない自分自身が不安である。何か稼ぎになることをしてもっと、生き続けることへの経済的安全性を保ちたい。

そう考えては居るんだけど。無職ブランクももうコロナ禍を理由には出来ないし。
何してたの?再就職先で問われても、遊んでましたとしか言えない(笑)幸せにずっと過ごしてましたって。(笑)
それを評価して受け入れる度量の深い人間って世の中にどれだけいるかな?

不信感持たれるよな。普通は。未知の領域のこと気にせず散々口走ってる俺が今さらそんなまともなこと言うなって?(笑)

そもそも全てまともだから。嘘ついてないし。

ただちょっと次元の違う話をしちゃうだけでね。博士がよく素人がわからない数式を解いて、あれはこれで、これはあれでって、やるやつと同じだと思ってくれたらいい。あれ、素人は全然何言ってるかわからないでしょ?
俺にとっては未知の領域や裏話はそれだ。

まーその話は置いておき。

YouTuberの豪華な生活を観て思ったんだ。

若い頃、凄く憧れた日々をYouTuber達は見せている。俺も若い頃あんな生活をして優雅に幸せに生きたい。

だけど、若い頃思ってた自分自身の今の姿は目を背けたくなる姿だろう。
それなのに、今、現在の渡部学は今の方が昔の俺より100倍も幸せに生きてるし、幸せだ。

この感じ方の違いがキーワードなんだよ。

幸せってのは思い描いた通りにいく人はいい。思い描いたものでない時挫折感、悲壮感や敗北感など、色んなネガティブな感情に苛(さいな)まされる。

でも、思い描いた通り出なくても、自分自身が幸せになれる人生ってあるんだなぁーってことが今の俺には感じていて。

人の幸せってのは観たままじゃないんだなって感じるんだよね。

人によっては俺はクズニート。引きこもりおじさん、子供部屋おじさん、無価値、社会不適合者、経済的不安定な魅力のない人。

色んな目線で見られることもあり、見下されることも、そういう人もいると思う。

だからこそ、人の幸せと今を理解出来る人と出来ない人の差が生まれる。

最近思うんだ。渡部学がそういう人間じゃないですって否定してる言い方ではないことを先に言っておきます。渡部学も多少なりと偏見や差別や見下すような人や物事はありますからね。

ただ、むやみやたらに固定概念で見下すことは間違ってる人や物事はたくあることもわかってきた。

そして、むやみやたらに偏見や差別、固定概念で見下すってのは誰でもある部分。だけど、それは知らないだけで知ると変わる価値観ってのも充分世の中にあるわけです。

昔の俺よりそういうこと成長したかな。若い頃ってか、無知過ぎる時って偏見と差別で見下す人を多く作ってた自分自身がそもそも無関心の上に勝手に人を毛嫌いして見下してるダメなやつだった。

確かに今もそうだと言われれば、偏見や差別や見下してしまう人はいる。大嫌いなタイプの人間には敵意とか害意しか出ないし、関わると結局本当にいつも対立しか生まれない人達とはそうなる。

そうなる人達とは話をじっくりしても合わないからね。見下す部分あるよ。たぶんお互いそうなってるんだろう。考え方の根本的な核心部分がもう真逆なんだろう。

そういう人達以外はたいてい知れば尊敬できる部分がある。関わると心地よい、気持ちいい、清々しい。

幸せな日々ってのは本当に素晴らしいもんです。

人間関係や生活の状態ってのは人の幸せを作る重要なもの。目に見える部分から目に見えない部分まで。

YouTuber達の豪華な生活を観て、都会ではそれが出来てるのは凄いなーって思う反面で。

俺もそれと同等に幸せだって言える。だけど、その幸せは他の人間から観てベストだとは言いにくい。

でもなー幸せに感じれる心理状態や感情の安定感ってのは目に見えない部分。我々には知り得ない部分の幸運な人からの恩恵があることを最近常に語るし、そう断言できる。
【実は目に見えてる恩恵も含めてだけど、見えない部分の人からの恩恵の方がはるかにでかいこと。それを受ける人が幸運なこと。】

最後にこれが伝えたかったこと。(笑)
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