【昭和時代】福岡ソフトバンクホークス球団内最多犠飛ベストナイン。
・投手
選出:ここは外野でノミネートしている山本和範。
・捕手
吉川義次(1940年・2犠飛)、野村克也(1959年・6犠飛、1961年・6犠飛、1962年・7犠飛、1965年・5犠飛、1966年・4犠飛、1967年・5犠飛、1970年・6犠飛、1972年・8犠飛、1973年・10犠飛、1975年・8犠飛、1977年・8犠飛)、香川伸行(1986年・2犠飛)。
選出:野村克也。
・一塁手
中村金次(1939年・4犠飛)、寺田陽介(1959年・6犠飛)、ケント・ハドリ(1965年・5犠飛)、ウェス・パーカー(1974年・7犠飛)、山本雅夫(1982年・6犠飛)、クリス・ナイマン(1984年・7犠飛)、デビッド・ホステトラー(1987年・5犠飛)。
選出:ここは外野でノミネートしている飯田徳治。
・二塁手
ジャック・ブルーム(1966年・4犠飛)、河埜敬幸(1980年・4犠飛、1983年・5犠飛)。
選出:河埜敬幸。
・三塁手
バディ・ピート(1963年・9犠飛)、藤原満(1981年・6犠飛)、山村善則(1986年・2犠飛)。
選出:バディ・ピート。
・遊撃手
森下正夫(1957年・6犠飛)、小池兼司(1968年・7犠飛)、定岡智秋(1978年・7犠飛、1982年・6犠飛)。
選出:定岡智秋。
・外野手
岡本伊三美(1954年・7犠飛)、飯田徳治(1955年・8犠飛、1956年・8犠飛)、杉山光平(1956年・8犠飛)、大沢昌芳(1958年・4犠飛)、長谷川繁雄(1958年・4犠飛)、穴吹義雄(1960年・8犠飛)、堀込基明(1964年・8犠飛)、広瀬叔功(1965年・5犠飛、1969年・8犠飛)、門田博光(1971年・6犠飛、1974年・7犠飛、1976年・10犠飛、1977年・8犠飛)、カルロス・メイ(1978年・7犠飛、1979年・9犠飛、1980年・4犠飛)、河埜敬幸(1984年・7犠飛)、山本和範(1985年・5犠飛、1986年・2犠飛)、高柳秀樹(1986年・2犠飛、1987年・5犠飛)。
選出:広瀬叔功、カルロス・メイ、高柳秀樹。
・指名打者
門田博光(1988年・10犠飛)。
選出:門田博光。
打順は
(中) 広瀬叔功
(一) 飯田徳治
(指) 門田博光
(捕) 野村克也
(左) カルロス・メイ
(二) 河埜敬幸
(三) バディ・ピート
(遊) 定岡智秋
(右) 高柳秀樹
(投) 山本和範
野村克也は日本記録保持者の貫禄ですね。
通算113犠飛はそうそう抜かれないでしょう。
(最終更新日:2024年8月4日)
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