屋号 HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
令和6年、2024年8月4日(日)日本時間、AM9:20、曇り、北海道紋別市。
未知の領域の話。妄想日記2,
人格や性格が他人になってる場合の話から。
現実の話になると。
善良な人間はどこまで行っても本質的な部分が善良なので、どこにいても、誰とでも場所が変わっても善良で普通なのだが。
悪事をする人達、意地悪な人、悪戯好きな人、虐め、苛め体質な人達。
他人の人格や性格に悪影響受けてるとか我々には識別や判別が出来ないが、しかしながら
自分自身の本質的な部分もあるわけです。
これって変わりようのない部分。
生きてる人間が必ず持ってる本質的な素行とか思考の特徴。
確かに成長課程や環境は関係してくるけど。
その中でも悪質な人間の本質と善良な本質の人とが分かれるのはなぜか?
産まれた時から決まってるように思える。
たぶん、悪質な人は死ぬまで自分自身を変えようがなく悪質な思考、悪事や悪巧みしかできない思考で生きてる。
善良な人は普通に無害に害意も敵意も無駄に起こさず、平和的に思考が安定して善良であるし、死ぬまでそれが本質的な部分としてある。
変われる部分があるとしても、変われない部分ってあるんだと思う。
だからこそ、渡部学のこの記事にも、反応して苛つき反感を持つ人と
気にしない人と共感する人が様々だし。
反感を持って、関わらない無視、今後日記を観ないという性格の人もいるし。
反感を持ち、敵意、害意むき出しに攻撃してくる人といる。
これは治せる、治せないではなく、その人の本質的な性格であり、死ぬまで治せないものなんだと思う。
治せる人もいるけど、治せる人は治せる性格の人であるってこと。
そう考えると戦争や争うことってのはどちらかが生きてる以上関われば永遠に続く対立なんだなってわかる。
消滅以外お互い一歩も引かないのだから。
そういう性格の人達はね。そうなる。
だが、戦争しても意味ないし、戦争や対立、敵対するより、関わらない方が平和的に良いって人同士ならそうなるし。
争う人は争うし、争わない人は争わない。
性格って不思議。
性格の良し悪しの増える、減るってどう判定して繁栄と衰退を決めてるのか?
ログインしてコメントを確認・投稿する