季節は夏へと向かっていた。2003年の夏へ。
長野の夏は…良かったかな。
日中暑いが夕暮れ、アパート隣の果樹園の辺りを通るとなんとなく爽やかに涼感が香る。りんご園だったかな…。
青い空と白い雲。遠くに山も見える。菅平の向こうに帰るべき場所がある。
エリアの仲間はいい奴ばかりだけど、帰りたい…。帰りたいよ。
春日部。
春日部…終
まだだ。まだ終わらんよ。
というかまだ始まってないんです。
さて、
店の売上はふるわなかった。上がらなかった。有り体に言えば儲からなかった。
会社全体が暗黒期に向かっていた。
俺達が新卒で入社した直後は倒産の危機だったらしい。就職氷河期だったからな…景気自体悪かったのだろうとは想像できる。
その夏からレンズ無料セール、五千円メガネ、スリープライスショップと社運を賭けた攻勢をかけ、起死回生の黒字転換。
スリープライスショップ【A-Young】(※1)は盛況。アメ横や下北沢、横浜といった人の集まる場所で人気となる。
会社は価格破壊のメガネ店を手掛けるチェーン店として注目を浴びる事に。俺が飛ばされる前ぐらいの時期から。
須坂に異動直後には社長が朝のニュースでインタビューを受けていた。
TBSしか映らない須坂のアパートで寝起きに聴いていたのだからTBSなのだろうな。
しかし。
俺の店はハナから赤字レベルだった。
会社は黒字化後、さらなる拡大を試みて北関東、信越への出店を進め、そのほぼ全てが赤字になるという有り様だった。俺の店も含め。
まだスリープライスに勢いがあったので、暗雲は見えていなかったのだろう。
次々と出店は続き、赤字店が生まれていく。
土地を借りたり買ったりして、店舗を建てる。建築と、機材やら入れて在庫持って。
初期費用を3000万円としても、20店出して6億はいくか…。
その借金は回収される事なく、毎月赤字を垂れ流す…。
やばくね?
件の【銀河英雄伝説】で、同盟という勢力が帝国という勢力に大規模侵攻を仕掛ける【アムリッツァ星域会戦】というのがあるのだが、
俺の中ではそれなんよね。
総力をもって大規模攻勢をかけ、ことごとく返り討ちにあってもてる兵力のほぼ全てを失うような感じ。
もう取り返しつかないからね。
潰れるんじゃないかな。
いや、まだワンナウトか。
企業は拡大を求められるから致し方ないという…株主だったり銀行だったり。
しかし企業の中でただ働いているだけの人間としては…タマラナイよね。
しかしながら暴走した会社の崩壊に巻き込まれるのは社員の宿命。
その中で泳げる人間と落伍する人間に社内は別れていく、というより次々と落伍者が出ていった。
業績の悪化、売上が落ちた店舗の社員は本部に呼び出され吊し上げを喰らう。
お前が無能だから客が来ない・売上が低い・利益が出ない。
同僚の前で罵倒され、業績が上がらない理由を説明しろと言われ、言い訳をするなと怒鳴られる。
同期が辞める辞める、同期以外も辞める辞める。
長野のリーダー格、ヤマグチさんも言っていた。
「東京本部に電話した時にキタオさんにも言いましたけど、せっかく育てた若い社員がすぐに辞めちゃうっていう状況が続いてる。これは会社としてはかなりヤバいですよって」
陽キャ…いや、根明(ねあか)と言うべきか…のヤマグチさんもため息混じりだった。
売上落ちる→利益取れない→無理売りする→客数減る→パワハラ→社員辞める→接客出来ない→売上落ちる
負のループ。
辞めた社員は戻っては来ない…ノウハウが定着しなくなる。
弱い人間、お客様を大事にして無理売り出来ない社員と他でもやって行ける人間から辞めていく。
組織の弱体化は免れない。
取り返しつかないんだからね…
潰れるんじゃないかな。
…。
潰れるんじゃないかな…。
いや、会社ってそんなに簡単には潰れないよね。
まだツーアウトだ。
しまっていこう。
俺が店長になった須坂の店も、開店当初から赤字。土日のみ少し客足があり、平日は来客が絶える。
市場規模に対し出店が多すぎるのだ…徒歩一分にある業界ナンバーワンのチェーン店も暇そうにしていた。
やがて土日さえ売上は落ちていった。人口に対して店舗が多く、飽和状態なのだから『新しい店』という注目点がなくなれば、沢山ある競合店の群れに埋もれていく。
国道の上流とも言うべき長野市内に競合店『爆安堂』が出店したことも大きかったかな
「オープン当初こそ物件を見つけて来た開発の責任という事で何も言われないけど、2ヶ月もすると現場の責任にされるから覚悟しといた方が良いよ」
新店オープン前にハラシマ先輩に言われたんだったかな…多分。
事実そうなった様で、閉店のタイミングで売上表をFAXするのだが、その直後に電話が鳴る。
着信の市外局番『06』で、大阪の本部からだと分かる。
今日の売上は300円。来客ゼロだったので俺が買ったメガネケース分だ。
「お電話ありがとうございます、コンピメガネ(※1)須坂店トネガワでございます」
素知らぬフリで電話に出ると大阪弁のおっさんの声ががなり立てる。
「ウエガキですぅ〜!トネガワさん!今日の売上どうなっとるんですか!?来店されたお客さんにちゃんと情報提供してうちにしかないネジとか売らんと!メガネケースなんか売っても次のご来店つながらんですよ!!」
本社営業部のおっさんの怒り狂った関西弁が響き、電話は切られた。
そもそも来客ゼロなんですよね…。
店を閉めてFAX流しながら違和感を感じるのです。
「あれ、今日誰とも話してなくね?」
という日もチラホラ。今日も、そうだ。
自腹きって買物して文句言われる日々。なんだかな…虚しくなる。
もう電話に出るのはよそう。
その日から俺は、売上表流したら電話が鳴ろうが無視して帰ることに決めた。
いつでも辞めてやる…?ぞ…?バーカ…。
泣いてなんかいないんだからね…。
長野エリア四店舗。の業績は若里を除いて赤字になった。
徳間の新店も始めこそ来客多数だったが、3ヶ月もすると客足は遠のいた。
やはり競合の出店も激しい。
すぐ近くに爆安堂の出店があり、客数は半減。
対策()として。
週末になると東京本部からスーパーバイザーと呼ばれる本部スタッフが派遣されてくる事が増えた。
【説明しよう!スーパーバイザーとは…現場で記録的な高単価を実現した事で高い評価を受けている店長が昇格して作られたポジションである!東京本部の直属となっている!成績のよくない店には指導に訪れたり怒りの電話を浴びせ、18金フレーム等の高単価品が売れた店があれば「あ、私あの店に先週電話したんだっけ。私の成績ね」と自分の査定に加える事も出来る優秀な人達なのだ!】
高いのを売るスペシャリストって所。誠意と技術はないとの評判。
会社の組織図的にはどうだったかな…。
東京営業部には部長、副部長2人とその下にスーパーバイザー2人と事務方。ここまでが本部。社員の給与とかは大阪の本社で行うので東京の本部は5.6人しかいない。出張所みたいなものだな。
現場サイドは関東を4つに分けた各ブロックに店長兼任のブロック長というのがいる。その下に各店舗といった感じ。
北関東甲信越への出店でブロック長の下にエリア長というポジションが出来た。
長野エリアの社員の信任を得ていたのはヤマグチさんだが、信州中野の閉店で店長を降りてラウンダーになっていた事でエリア長にはなれず。
若里店で高単価品の販売に成功していた同期のフジミが店長兼任のエリア長となっていた。
この話には関係ないかな。
彼の事は眼鏡屋編で語る事にしよう。
東京営業部に2人しかいないスーパーバイザーの1人は俺の研修店舗の店長(教育係なので隠語で『師匠』と呼ばれる)だったワタベさんだ。
「テレフォンサービスをやるのよ!」
と早朝研修(開店前朝七時とかから1店舗に集められ研修という名のパワハラ(吊し上げ)をされる、もちろん無給)で熱く語る。
3ヶ月前・半年前に眼鏡を買ったお客様に電話を掛けて
「メガネの調子はいかがでしょうか〜?クリーニング・調整無料で承ります!是非ご来店下さい」
って言えって話。
要は無料サービスで来店に繋げてもう一本メガネを売りつけようって話。
お客様の為にね。
…。
俺が入社一年目の時にメガネご注文頂いたお客様が仕上がり急いでいるとの事なので
「仕上がり次第お電話します」
って言ったら
「あんたさぁ、電話代は経費なんだよ!いつ出来上がるって言えばいいだろ!?無駄に会社の金使ってんじゃねえよ!いつ出来るかも分かんねえのかよ!?馬鹿なんじゃないの!?」
と言っていた人が言う…テレフォンサービス。
分かるんだけどね。次の売上に繋げるものと、確実に仕上がる日を伝えるのは違うってのは。
だが、生活に必要なものとして購入されたメガネを完成次第できるだけ早く受け取りたいというお客様のニーズは無視して、次の金ヅルとして早く取りたいという商売人の人間性はどうなのだろうか。
会社が掲げる方針に
『どこよりもスピーディにお届けする』
というものもあるんですが。
カスタマーファースト・先義後利。
口先では綺麗なことを言っているがお客様を金持ってくるカモとしか見てない人間なのは明らかで、こういう人間が出世する会社の将来などは知れたものではないのかな…。
そんな教育係と一緒の新人時代だった。
潰れるんじゃないかな…?
…?今何アウトだっけ…?
んで、何だっけ。
テレフォンサービスな。
パートのコダマさんは協力的で、お客様に丁寧に電話をしてくれた。
客来ないので暇な午後の時間。俺はというと、
パソコンでメガネが作れる、注文できる。というサービスを会社が開発中で店のパソコンで体験出来るのでそれで遊んで…試していた…。
そこにコダマさんは近づいて来た。
「店長」
ん?ああ俺でしたか。
「こちらのお客様に電話したんですけど」
お客様のデータの書いてあるカルテを差し出しながら説明する。表情に苦笑いといった感じの含みがある。
基本にこやか女性なんだけれども。
「何かありましたか?」
「安くメガネできるってチラシだったから買いに行ったのに高いの売りつけられたからもう行きたくないです、って言われました」
「ほぅ…」
うちの店はあまり無理売りしないのだが…お陰で怒られたりはするんだけど…知った事か。
カルテの下に接客担当の社員番号が書いてあるので確認する…
と…
師匠…流石です。
ほんの1日臨店に来てくださった1日。ホントに店長たる私が飯を食っている間のほんの1時間。接客して高単価のメガネを売ってくださったあの一人。
「こうやって売るんだよ!」
休憩室までやってきてのドヤ顔。
得意絶頂の顔で私の販売力を否定したあの日の師匠のドヤ顔。酢飯でした…素敵でした。
流石です…。
そしてこの素晴らしい人材を会社トップの販売力と評価する我が社の眼力…
潰れるんじゃないかな。
これでアウトカウントは…いくつだっけな?
振り逃げとかあるから…大丈夫だな、俺のような無能の心配する事ではない。優秀な人達が俺達の上にはいるのだから。
辞めてえなあ…。
日々その様に考えながら仕事をし、一週間が過ぎれば春日部へと帰る。
そして休みが終われば須坂に戻る。
休み明けに店のパソコンを開けると情報ツールにこんな配信が
………………………………………
【業績不振社員ランキング(ラウンダー)】
1位…〇〇〇〇・1600円/1日
2位…利根川幸男・1700円/1日
以下略
………………………………………
要はいらない社員ランキングだ。俺は店長なので本来載らない筈なのだが、手違いで乗ってしまったらしい。
夕方に再配信された情報ツールからは俺の名前は消えていた。
もう、辞めようか…。
不要なんだろ…俺はこの会社には。
辞めたいという思いは日に日に募っていった。
続く。
(※1)スリープライスショップ【A-Young】と【コンピメガネ】…株式会社コンピメガネが経営するメガネ店の業態二種。A-Youngは【スリープライスショップ】と呼ばれ、5000円・7000円・9000円の3種の価格帯でメガネを作れる安価なお店となっており、社名をそのまま使っている通常店舗・【コンピメガネ】の方は一本10万円以上の18金フレームや宝石のついているジュエリーフレームなども扱っている。
一般的にターミナル駅や大型ショッピングモール等の人が多く行き来する場所にスリープライスは出店して数を稼ぎ、通常店舗は一般的商店街や住宅街で優良顧客の育成を目指す。
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