HImaP&Σ 見えない部分を考察研究所 室長わたなべまなぶ
2024年2月13日(火)午前9時48分
見えない部分を考察研究する。
見えない部分とは、人格や性格。
いや、見えるでしょ?自分自身の思考と感情と行動特性。
いや、見えるけど、そこじゃない。
じゃーなんなんだ?
我々では解明出来てない部分。
未知の領域を認知すると、全ての結果がそれらに関係してくる。
我々では知らない真実の本当の事実。
病気すらも発生起因が未知の領域を解明すると明らかになってる。
でも、我々では現在医学をもってしてもその病気の発生原因や起因さえ不明とされている内容。
わたなべまなぶの顔のイボ増えたのもやっぱり偶然ではなく、誰か生きてるわたなべまなぶ以外の人の仕業だろう。だけど、それにはわたなべまなぶ自身もやっぱり関わってくる内容でもあるわけで複雑。
幸せの代償なのか?幸せの代償無くして生きれないのか?我々は知らずの奴隷。自由のようで自由ではない。
話がそれたので
本題は、わたなべまなぶ個人に起きる性格や人格の変化である。
人格や性格の変異とは言っても、自分自身の記憶や意識が途切れてしまうわけではなく、自分自身の意識と記憶があるままで、自分自身以外の人格や性格の憑依影響を受けてしまうことをこれからの本題の話。
わたなべまなぶも、他の人々にも必ず本体と本質の人格や性格が備わってる。だが、そこから何か関わることで変化するんだろうこと。
わたなべまなぶは言わずと知れた、その憑依するわたなべまなぶ以外の人間の人格や性格の影響を感じれるようになった。
わたなべまなぶ以外の両親や兄を見ても、その人が持つ、本質の本来の人格や性格ではなく、別の人間の人格や性格や性質が影響するのをわたなべまなぶ自身も周りの人間にも、多少なりと外郭の関わりで察知できるようになった。
そこで、思うこと。
いつも、嫌だと言ってる悪質な誰かの人格や性格や性質が憑依影響してると困るって言ってるけど。
自分自身の本来の本質的な人格や性格や性質ってのをわたなべまなぶは自覚してない。だから、どれが本来の自分自身の人格や性格や性質なのか?自分自身で見分けれないし、区別や照合や判定は自己では難しい。だからこそ、誰かにはそれを悪用されるから、わたなべまなぶ自身の人格や性格や性質が誰かの悪質な人のそれに切り替えられ憑依されると、防ぐ手段がないのでそれに翻弄される。
それはわたなべまなぶの両親も兄も同じだと思う。
だけど、逆に、自分自身の本来の本質的な人格や性格や性質はわからないまでも、善良な人の自分自身以外の人格や性格や性質の人の影響を受けて、心穏やかに心地よく、日々性質の良い状態でいれる時がある。
今も言えば、頭脳明晰感がある状態で、生活リズムにメリハリがあり、朝からてきぱきと規則正しいことをしてる。その状態を作る思考の特性や優良な感情や行動。
これらの恩恵って素晴らしい。
それはわたなべまなぶの本来の特性かはわからないし、識別はわたなべまなぶでは不可能だから、わからないので別としても、善良で優良な活動をしてくれる人格や性格や性質が憑依すると、心身にまで全て影響する。
わたなべまなぶは自分自身で肉体は変わってないと思ってはいる。自覚してないけど、肉体が変わってるならまた話は変わるけど。
肉体を変えてないという設定で話を進めるなら、人格や性格や性質の自分自身以外の憑依があると、肉体的な疲労感や状態までにも影響を及ぼすように感じる。
よくあるのは、酷く年寄りの高齢者のような身体が重たく、節々が痛く、動きが遅くて重たい状態の時は、人格や性格や性質までまるで自分自身なのに、おじいさんのような感覚になり、思考の特徴も行動の特徴も引きずられる。
でも、本日のように、善良な状態のときは、パワーみなぎるような感覚で肉体的にも軽く、疲労感がなく、精神的にも軽く、思考も若く、行動も若返る。
これが、普通の人達の内容では、【その日の体調の状態】という一言で納めてしまう内容。
だが、わたなべまなぶや両親や兄、親友に至る我々では目に見えてない部分でその本来の自分自身の人格や性格や性質以外の誰かの人格や性格や性質を組み換えられ憑依され影響を受けた時に、著しく、心身と行動と状態ともにまるで別人のように変化する。いや、別人の素質がそのまま反映されてしまってると思う。
わたなべまなぶはこれを解明出来てはいないし、防ぐ方法も持ち合わせてないけど。
凄く感じるのは自分自身の本来の本質的なものか?善良な人のエネルギーか?
それはどちらかわからないけど、良い状態の時と、悪い状態の時とはっきりとわかる。
悪い状態の時に誰の影響をわたなべまなぶへとすり替えられてるのか?それが不明。
無論、良い状態の時も誰かの影響は誰かはわからない。
わからないけど、わかったのは、人間のその人格や性格や性質ってのは、組み換え可能なんだということ。
それを遺伝というのか?はたまた、別の作用なのか?
確実にその組み換えられた人の人格や性格だけに終わらず、肉体的な状態まで影響を受ける。
だからか、やけに老けた状態に感じたり、やけに若く感じたりする。
本来の自分自身がどれかを区別、見極め、識別がわたなべまなぶには出来ないし、それを変えてしまえる人達の独断でわたなべまなぶが防げないのがそもそも、本当に困る。
もちろん、わたなべまなぶの本来が悪質なものだったり、肉体疲労の濃い状態なら、助けられてるとも言えるけど。
そこはなんか直感的に、助けられてる部分はあるのは確かだけど、老けた感覚や年寄りの肉体的疲労状態の感覚、思考状態、などは、たぶんわたなべまなぶの本来のものではないはず。
断定はわたなべまなぶでは識別不可能だから出来ないけど、だからこそ弱みに漬け込んだ誰かの仕業が暗躍してるように感じる。
本日はパワーみなぎる状態で本来の自分自身であるような錯覚はある。
識別は不可能なのであくまで善良な状態の時は自分自身の本来の状態と思いたい。
調べれる手段と能力はないから仕方ないけど。
人格や性格や性質が他人のものと入れ替え。それはどういうことか?まだわかってない。
そういう話でした。
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