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2023年09月05日16:17

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死に対してわたなべまなぶが思うこと。

HImaP&Σ わたなべまなぶ
2023/09/05 15:38

わたなべまなぶは気付いた。

わたなべまなぶも多くの人も、実は死ぬことよりも、痛みや苦しみを堪えながら生き抜く状態に不安や恐怖心があるだけでさ。

わたなべまなぶみたいに無職で毎日幸せな人間が余命宣告されても、返って死期が明確に見えてしまうと、余計に今をもっと大切に生きようとポジティブになる。

痛みと苦しみさえ起こってなければネガティブにもならないし、心配も不安もない。
だが、身体が徐々に弱るのかと思うとそこがウィークポイントであって、そこが人生の弱点。

ただわたなべまなぶが膵臓がんです。とか言われたら、上記のように痛みと苦しみ、肉体が弱ってくるのが嫌だけど

ポジティブにそれがまだ著しく肉体に起こらなければ

その間で今までで以上に、思うこと。死期がわかると、貯金をある程度使ってもバチは当たらないとポジティブになれる。

死期が視えると今以上に人生を後悔しないよう生きれる。

そう気づいたら、待てよ、今からもうそれでもいいんじゃない?

健康な内にやっておくのもいいんじゃない?

そう再度気付けた。

未知の領域行使できる人達を知ったんだから、与えられた運命はわたなべまなぶには逆らえないような権力と事実確定。
つまり不安や悲しみを考えても無駄な足掻きにしかならず。受け止めて今を、毎日楽しく生きることだけを結果的に意識が強くなる。

皆さんも結局、知る知らないは別に、逆らえない運命の必然にはどうすることもできない。

さすがにわたなべまなぶも膵臓が悪かったらどうしようと一時不安になりましたが。検査はしてもらったけど、どちらでもいいや。

生き方はもう変わらない。ただ自分自身の幸せを究極に毎日追い求めるだけ。

もしね、まだわからないけど、仮にどっか本当に悪化して余命宣告で余命いくばくもなくなったら

痛みや苦しみや肉体の弱体化が進めば、さらにしたいことは出来なくなるし、辛い毎日が続く時がきたら、あとは早く死ねるかを逆に祈るだけ。

死ねば不幸も何もない、痛みも苦しみもない。
あとは生きてる人間のそれぞれの思惑と人生の生き方の問題でさ。

思うようにするにはそれぞれまた自分自身の思うように行動し、自分自身の思う感情と思考に支配されるだけ。

まー元気なまま、肉体に痛みも苦しみもなく、急に死ぬことも自分自身知らずに、寝てる間にころっと急死はかなり希望の死に方でさ。

透析室で死んだおばさんも、周りでは大騒動だった。看護婦さんも医者もバタバタし、透析中の我々もまた不安にかられた。
そのおばさん、看護婦さんが声をかけた時は意識がなく、そのまま死んだ。
本人しかわからないから苦しんで死んだかは不明。

ただわたなべまなぶはこう思った。もし、あのおばさんは意識無くなるまでも苦しくなく、寝てる間に死んでしまってたら?

わたなべまなぶが言う理想の死に方を遂げてる。

でも、死ぬってのは周りは大騒動するものなんだ。

例えば、死期は指定出来なくても、死ぬなら即死がいい。健康なまま、何も問題なく、死ぬことすら知らずに、苦痛なく即死。

それは映画やドラマで観る、スナイパーに脳天を一撃で銃殺し即死とかも。

よくよく考えたら死に方として終わり方は病気で苦しく痛み死ぬ間際までもがき死ぬよりもっと安楽死であることに気付く。

だけど、現実世界はスナイパーに殺されれば、アメリカ大統領のあの人みたく大騒ぎになるもの。

ミサイルで爆撃を受けて、瞬殺されたら、本人たちはいつ死んだかもわからない内に死んでるわけです。安楽死ってそういう感じ。

でも、周りでは大騒動なわけ。

死ぬってそういう生きてる側の恐怖心や悲しみであって。

死ぬってことに関して考えたら、即死は最も安楽死と言える。

健康なまま、痛みも苦しみもなく、死ねるんだから。

返って、病気になり拷問のように、毎日痛み、苦しみ、肉体が弱っていく方がよっぽど酷い死に方でないでしょうか?

皆さんもそう思わない?

わたなべまなぶはそう思う。

だからいつか死ぬんだから、毎日幸せに生きれば、やりたいことをできる限りの範囲でやれば。

あとは死期に関係なく、幸せのまま死ねる。

終活ってさ。死期がわかるほうが生きてる側のみんなが対処する準備を心に決まる。

だから、病気の発覚や余命宣告って逆にありがたいことなんだ。

一日でも長く健康な内にやりたいこと、終活を済ます上でね。

まー原因が究明されず、最後の最後に病気がわかる末期がんとかもさ。

死ぬまでの期間が目に見えるでしょ?

生き残る人にしておいてあげたいこと。それからでもできる。

死ぬ間際まで痛みと苦しみが酷くなるとモルヒネで麻痺すればもう意識ももうろうとして、死ぬまで自分自身もわからないだけ。

肉体が弱る前に、言葉だけでも話せれば、生きてる人には何か言付けたり、渡すものも伝えれるだろ?

我々はいつか死ぬんだから。

もっと幸せにもっと楽しく軽快に生きようと

わたなべまなぶはまた再認識。

まー膵臓が悪いかはまだわからん。思った以上に落ち込むかもしれん。

だが、死期が見えたならもう幸せになる生き方にブレーキはかけなくていい。

そう思うんだ。
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