岸田首相「私も消されないよう注意しないと」 『鎌倉殿』北条義時に自ら重ねる
https://www.sanspo.com/article/20221227-5XLLHETS7BOZXMY2IGMD3AJZTQ/
作中の義時の口癖は「これしか道はなかった」「頼朝様だったらこうなされた」だった。岸田の場合「これしか道はなかった」はいいとして、「○○様だったらこうなされた」は誰になるのだろうかなと。
で、岸田の尊敬する人物を確認した所、現在岸田が領袖をつとめる宏池会の初代・池田勇人。池田勇人というと、今だと所得倍増計画の人だけれども、ドッジラインのときにものすごい財政の引き締めをやって、庶民の怨嗟の対象になった人でもあった。岸田も増税で批判されている現在の自分を、ドッジラインの際の池田に重ねているのかもしれない。「池田勇人だったらこうしていた」。
そう考えると、池田の孫娘の婿にあたる寺田稔(当時)総務大臣を、自身の政権維持のために更迭したあたりも義時感があるよなと。「これしか道はなかった」
ちなみに岸田は4人兄弟で、その内2人は女性なのだけれども、どちらも岸田から見て妹なので、少なくても「姉上に殺される」というのはないらしい。裕子夫人も長女ということなので、裕子夫人に兄がいた場合に、その配偶者がギリギリ義姉という程度。
ログインしてコメントを確認・投稿する