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2022年10月07日15:23

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創業者の孫として、創業者の三男坊の長女として、実は会社経営なんてどうでも良い。

高度経済成長期に父が中学校を休んで旋盤を回して支えた町工場、会社を継いだのは父の弟である叔父だった。



私は町工場経営の苦悩や苦労など、何1つも知らない。

ただ私は、会社を継いだ叔父がお嫁さんと2人で亡くなった祖母(創業者の妻)をとても大切にしていた事実だけは理解している。

だから、本当に辛くなったら会社なんて放り出して、叔父夫婦が楽になるように暮らしてくれたなら、私はそれで充分と考えている。

私自身は『創業者の孫』というだけで、まだ土間だった昔の工場で柱に鑢をかけて遊んでも、経営者である叔父は保育園児だった私を叱るどころか逆に、私の手先の器用さを褒めてくれるような人だった。

私はそんな風に優しく人材育成に長けた叔父に、無意味な苦労や資金繰りのお金で苦労なんて、して欲しくない。



町工場の苦労など私は何も1つも知らないが、私は叔父が経営に苦しむのは嫌だ。

そもそも私は創業者である祖父の町工場経営の理念さえ教えられてもいない。

私が知っているのは、初代創業者の祖父は自分の嫁に怪我をさせる事を本気で厭い、工場仕事に嫁を使わなかったという事実を、三男坊である父から聞いただけだ。

叔父は人材育成に長けていた。

しかし、時流に逆らい無意味な苦労はして欲しくはない。

私は『創業者の孫である誇り』など欠片も持ち合わせてはいないので、長男次男三男が継がなかった町工場の会社の経営を、叔父が途中で放り出しても一向に構わないのだ。

叔父夫婦が幸せでさえあれば、私は他に何も願うことなど無い。



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■「いい商品を作ることが何よりの正義だと…」命を削るような日々で、町工場の社長が残した“最後”の言葉
(まいどなニュース - 10月05日 07:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=7136237
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