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2022年07月30日13:24

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富山県政界と旧統一教会の関わりは(後編)

富山県政界と旧統一教会の関わりは(後編)
7/30(土) 13:18 北日本放送 配信より

https://news.yahoo.co.jp/articles/71a2c388979bd5d2b25850f504326f647982e00e

北日本放送
 武道キャスター
 旧統一教会が巧みに姿を変えて政治家と接点を持っていたことにあらためて驚かされますね。

 神林記者
 こうした政治家との関係の県内の実態を調べるため、KNBは、緊急アンケートを行いました。対象は、県選出の国会議員、県内すべての市町村長、県議会議員、そして中核市である富山市の市議会議員のあわせて96人です。このうち、回答しなかった富山市議1人、限定的な回答にとどまった参議院議員1人を除いて、94人から回答をいただきました。ご協力ありがとうございました。

 アンケートの結果、旧統一教会と関連団体に「関わりがある」と答えたのは、こちら、国会議員2人、市長3人、県議12人、富山市議5人の合わせて22人で、回答者の23%を占めました。また「関わりがある」と答えた政治家は、すべて自民党関連でした。県内で圧倒的に議員数が多く、政策決定の権限を握っている自民党に集中している様子が分かります。「関わりがある」と回答した国会議員2人のうち、衆議院富山2区選出の自民党、上田英俊議員は、去年の夏、選挙区内の地方議員の紹介で滑川市と富山市で開かれた集会を訪れ、所見を述べたとしています。

 もう1人は、現在は日本維新の会の吉田豊史衆議院議員で、2007年の県議会議員選挙で 自民党から出馬し初当選した際、「世界平和連合」の会合に招かれてあいさつし、会合に1、2回参加したといいます。以降は15年以上、関わっていないとしています。

 一方、衆議院富山1区選出で自民党の田畑裕明議員は、「関わりは一切ない」と答えながら、2017年の衆議院選挙で関連団体から選挙応援を受けたとみられます。田畑議員の事務所は29日、取材に対し、「熱心な支援者の方から集まりがあるとの強い誘いを受けて催しの幕あいに顔を出した。その場で支援をお願いしたが、支援を受けたわけではない。旧統一教会の関連団体とは知らなかった」と回答しました。

 また日本維新の会の柴田巧参議院議員は、「関わりは一切ない」としながらも2015年に「県平和大使協議会」が主催するオープンカレッジに祝電を打ったとしました。教団との関わりが分からなかったためだとしています。こうした手法について、旧統一教会を取材しているジャーナリストの有田さんに聞きました。

(VTR)
 ジャーナリスト 有田芳生さん
 「日本の旧統一教会の特徴というのは、いろんなフロント団体、いろんな名前を付けて、社会活動をやっていきますから、で、そこで、いろんな女性たちや若者たちやお年寄りも含めて家庭が大事だね、平和が大事だねということで接近してくる」

(スタジオ)
 武道キャスター
 誰もが反対しないテーマを掲げていて巧妙ですね。

 神林記者
 こうした巧妙さは、市町村に対しても表れています。こちらは県内15市町村長の回答です。旧統一教会の関連団体と「関わりがある」と答えたのは3人で、富山市の藤井市長、高岡市の角田市長と滑川市の水野市長です。いずれも関連団体の集会などで思いを述べるなどしたのは、支持者を一人でも増やしたい市長選挙に向けた時期でした。このほか12の市町村長は、「関わりは一切ない」と答えました。

 しかし、KNBが調べたところ、旧統一教会が関係するイベントで、若者らが世界平和を訴えながら自転車で県内を走ることしの「ピースロード」を、県と15市町村すべてが後援していました。ピースロードとの関わりについてアンケートの回答で触れていたのは魚津市と氷見市、砺波市、小矢部市の4市だけでしたが、実際には、全市町村が後援していたわけです。

 県市長会の会長を務める砺波市の夏野市長は、ピースロードについて、選挙運動での関わりとは性質が大きく異なると強調し、ピースロードが旧統一教会との関係性を明らかにしていないので、県議会議員の紹介や新聞社の後援もあり、世界平和、コロナ終息を願うという事業内容だけで市として後援した」と回答しました。さらに、「政治と宗教の関係性について十分注意すべきであるが、調査しても巧妙に正体を隠しているような場合は判断が難しいケースもある」と指摘します。とはいえ、反社会的な活動が問題になっている旧統一教会の関連団体の活動に加担することになったという結果責任は、政治家、自治体、そして報道機関にもあると言えます。だからこそ、今後は関係を改めることが必要だと思います。

 数家キャスター
 旧統一教会の関連団体は、厳しい選挙戦で、「藁(わら)をも掴(つか)みたい候補者の気持ちにつけこんだり、世界平和など、誰もが反対しないテーマを掲げたりして、巧みに近づいてきます。直接の見返りを求めない一方で、政治家や自治体などのお墨付きを得たと、今後の活動に役立てるために行っている行動といえます。

 安倍元総理の銃撃事件以降、旧統一教会の関連団体が政治家などにどのように接近するのか、その手口が次々と明らかになりました。こうした報道を受けて、関連団体の存在と手法に気づいたというケースも多いと思います。

 今後は、「知らなかった、分からなかった」と放置するわけにはいきません。反社会的な組織については、関連団体といえどもそのつながりをしっかり調べ、関係を絶つよう襟を正すことを特に公の立場の人には求めたいと思います。

 武道キャスター
 アンケート結果については、来週月曜日にもお伝えします。金曜ジャーナルでした。

最終更新:7/30(土) 13:18 北日本放送

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「殺害予告メール」を受けた明石市長が語る「恩師・石井紘基」「市政運営に支障をきたす現状」

7/30(土) 11:01 SmartFLASH 配信より

「殺害予告メール」を受けた明石市長が語る「恩師・石井紘基」「市政運営に支障をきたす現状」(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース 配信より

https://news.yahoo.co.jp/articles/4635a375d84088d2936d24de5c5c36edb27c294a

明石市の泉市長
7月26日早朝、兵庫県明石市の泉房穂市長を脅迫する内容のメールが届いていたことが分かった。

メールは、明石市とは別の兵庫県内の自治体に届いていた。  

メールには、8月末までに市長を辞職することを求めるとともに、

安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也容疑者の名前を出し

「辞職しないと強硬手段に出る。自作銃を作った。何発も撃って殺す」などと書かれていたという。  

脅迫メールが届いたことを受け、7月27日、泉市長は臨時の記者会見を開いた。

「私自身、かなりはっきりものを言うタイプであり、ある意味、賛同いただける方もいますけど、そうでない方もいる政治姿勢というか、スタンスで来た。

こういったことがあると、たいへん戸惑う。安倍元首相の事件もありますし、

私の場合は、恩師の石井紘基(衆院議員)が20年前に自宅前で刺殺された経緯もあり、

ほかの方が思う以上に、私としては正直、怖さを感じます」  

会見後、泉市長は自身のTwitterで胸中を吐露している。 《脅されたからといって、辞職するわけにはいかない。もっとも、名指しされた者としては、心中穏やかではない。しばし言動には慎重を期す予定。ご理解のほど。》  

兵庫県警は、脅迫などの疑いなどで捜査を開始。泉氏の自宅周辺の警備を強化するとともに、差出人の特定を進めるという。  

泉市長が「恩師」と慕う石井紘基氏は、2002年10月25日、東京都内の自宅駐車場で暴漢に襲われ、左胸を刺されて命を落とした。

「民主党衆院議員だった石井氏は、特殊法人の無駄遣いや官僚の天下り、

また、国の不透明な特別会計に切り込むなど、

国政調査権を使った独自調査によって、

一貫して権力の不正を糾弾してきました。  

襲撃されたのは、国会質問の前。襲われたときに石井氏が持っていた鞄からは、

国会に提出予定の書類が消えていました。

質問内容は不明ですが、石井氏は『これで与党はひっくり返る』と周囲に話していたといいます。

襲撃した犯人は、

事件から7年経過したあとメディアの取材に応じ、『頼まれてやった』と発言しています」

(ベテラン政治部記者)  

脅迫メールが届いた7月26日、泉市長は奇しくも、こうツイートしていた。

《石井紘基さんに関する取材が、今日は2つ入っている。

今から33年前、私は石井紘基さんと出会い、多くを学ばせていただき、

石井紘基さんに説得されて、司法試験を受けることにした。

まさに恩師だ。殺されてから20年、政治の闇は今も深い》  

2021年12月22日には、こうツイートしている。

《正義の強さと脆さを学んだのは、亡き石井紘基さんからだ。国の不正を追及する国会質問の朝、自宅前で刺し殺された。

私は一番最初の秘書であり、その遺志を継ぐ政治家の一人だ》  

行動に制限がかけられているなか、泉市長が取材に応じてくれた。

「私は石井紘基の初代秘書を務め、事件のあと、奥様や、娘のターニャさんとも話しました。

自宅に積まれた、膨大な量の段ボール箱に入った資料も見ましたが、どういうものか、まったくわからなかった。

石井さんは秘密主義の人で、詳しいことは語らない人でした。事件の真相も分からないんです。  

今は市長室と自宅の往復です。出勤時も玄関先に警察がいて、公用車に乗り込むまで見守ってくれたりしています。

自宅の玄関先には、防犯カメラも設置されました。

パトロールも強化されています。

安倍さんの事件で奈良県警が叩かれたから、兵庫県警もメンツにかけて対応してくれているのだと思います。  

ただ、イベントもキャンセルになり、市民と顔を合わせることができなくなってしまいました。

昼食はよく、市役所2階の食堂を利用しているのですが、誰でも入れる場所のため、

今はうどんを市長室に持ち帰って、市長室の机で食べています。

不特定多数の人が集まるオープンスペースに行くなと言われているので、街中での挨拶や地域行事にも参加できないし、

犬の散歩も近所へ買い物にも行けない状態です。  

Twitterでも、周囲を刺激するようなことは控えるよう、発言にも注意するよう警察から言われています。

いつどこへ行く、ということはツイートできません。要するに、政治家としての行動、発言が制限され、市政運営に支障をきたしている状態になってしまっています。  

市議会では、市長が動けないことに乗じて私を叩こうとする動きがある。

つまり『川崎重工の法人税がゼロだ』と私がツイートしたことを刑事告発するために『百条委員会』を設置した、自民党と公明党の市議たちによるものです。

まあ、私にとって議会の主流派が反対勢力やから、それはいいんですけど。 『8月中にやめろ、さもないと自作の銃で殺す』なんて、時期まで明示されて脅迫されたのは、今回が初めて。

これまでも脅されたり、捨て台詞で『殺すぞ』と言われたことはあったけど、この脅迫メールは質が違う。

私は、カッコよく散りたくない。みっともなくても長く生きたい。  

愉快犯だと思うけど、安倍さんの事件の後だからものすごくリアリティがあるというか、本当に怖い。

早く捕まってほしい。

ふだんは歯に衣着せぬ物言いをしているけど、今は歯にガーゼを巻いて、きれいごとしか言えない。言論活動ができない状態です」  

泉市長が殺害予告を受けたことが報じられると、ネット上には泉氏の身を案じる声が多く上がった。

《間違ってることは間違ってると権力や圧力に負けないで発言してくれる強さ。

愛情ある政策。

全力で警察の方は守って、犯人見つけてください!》

《泉氏は、日本の政治に希望を持たさせてくれる数少ない政治家の1人だと思います。

だから本当に身を守ることに注力して欲しい》

《泉市長のように、嘘がなく、真っ直ぐに市民のことを第一に考えられてる姿に胸が熱くなります。

これだけ人気があると妬む人もいるんでしょうね…。

とにかく市長の命を第一に守って下さるよう警察の皆さんお願い致します》

腐敗に立ち向かった政治家の遺志を引き継ぐ人物に、同じようなことがあってはならない。

最終更新:7/30(土) 11:01

SmartFLASH
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小宮山洋子
小宮山洋子 - Wikipedia

配信より

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』配信より

日本の旗 日本の政治家
小宮山 洋子
こみやま ようこ
Yōko Komiyama Nodanaikaku.jpg
2011年9月2日、野田内閣での厚生労働大臣就任会見にて
生年月日 1948年9月17日(73歳)[1]
出生地 日本の旗 日本・東京都[1]
出身校 成城大学文芸学部[1]
前職 NHK解説委員[1]
所属政党 民主党(前原グループ)
称号 旭日重光章
親族 祖父・青木一男(元参議院議員)
日本の旗 内閣府特命担当大臣
(少子化対策担当)
内閣 野田第1次改造内閣
野田第2次改造内閣
在任期間 2012年4月23日 - 2012年10月1日
日本の旗 第14代 厚生労働大臣
内閣 野田内閣
野田第1次改造内閣
野田第2次改造内閣
在任期間 2011年9月2日 - 2012年10月1日
日本の旗 衆議院議員
選挙区 (東京6区→)
(比例東京ブロック→)
東京6区
当選回数 4回
在任期間 2003年4月 - 2012年11月16日
日本の旗 参議院議員
選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 1998年7月26日 - 2003年4月
テンプレートを表示
小宮山 洋子(こみやま ようこ、本姓:加藤、1948年〈昭和23年〉9月17日 - )は、日本の元政治家、元NHK解説委員・アナウンサー[1]。衆議院議員(4期)、厚生労働大臣(第14代)、内閣府特命担当大臣(少子化対策担当)、厚生労働副大臣(菅第1次改造内閣)、民主党財務委員長、参議院議員(1期)を務めた。

(中略)
2011年8月26日、菅直人首相が民主党代表辞任を正式に表明[6]。菅の辞任に伴う代表選挙(8月29日投開票)では前原誠司の推薦人に名を連ねた[7]。9月、野田内閣で第14代厚生労働大臣に就任。厚生労働省発足後、初の女性厚生労働大臣である(旧厚生省時代には、中山マサが厚生大臣を務めている)。また、民主党政権の国務大臣では、初の女性衆議院議員である。

以下、省略。

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