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2022年07月25日04:53

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おそらく「鎌倉殿」には出てこない人・16

武藤資頼
知略78武力52優雅59勇名22菩提57加護77無常38弓術63

武蔵の武士。父・頼平の妹が平知盛室だったため平家方だったが、旧知の梶原景時(いつの時点からかは不明だが 景時の娘は資頼の妻となっている)とのツテで一の谷において降伏。その後、頼朝に気に入られたらしく、降人にも関わらず北九州5カ国の守護となり、それまで公家のみが就いていた大宰少弐に就任。子孫も大宰少弐を世襲するようになり、少弐氏を名乗ることになる。

安達景盛の正妻は「武藤頼佐の娘」という記録が残っているのだけれども、武藤頼佐という人物の記録は特に残っていない。景盛のような人物の舅が全く伝わっていないというのも不自然。資頼(すけより)を誤記して頼佐(よりすけ)になったのではないかという説を唱える人もいるし、それは十分に有り得る話ではある。だとすると、景盛の正妻は景時の孫の可能性もあるだろうか。

頼家が景盛の愛妾(※素性不明)を略奪した挙げ句に、景盛を誅殺しようとした一件。景盛の妻が景時の孫なのだとすると、頼家は自分の最大の後見人である比企氏(安田景盛の母は比企氏)だけでなく、もう一人の有力後見人である梶原景時(景時の妻は頼家の乳母の一人)の顔にまで泥を塗るような真似をしたことになるわけで、どれだけ頭のおかしいことだったのかという話。逆にそれだけ関係が深いからこそ、気安く女を譲れと言ったのかもしれないし、断られて逆ギレもしたのかもしれないが。
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