比企朝宗は、比企尼の実子と言われている人。比企尼の甥で、養子になって家督を継いだ比企能員とは兄弟分ということになる。実子がいるのに能員に継がせた理由は分からない。
朝宗は北陸勧農使になったことで有名。この時の勧農使は、後に守護と言われるようになる役職に近いもの。当時の北陸は 亡き義仲や城氏の影響力が未だ強く政情不安。そこを任されたのだから、頼朝の朝宗への信頼がうかがえる。
この朝宗の娘である姫の前は北条義時に嫁いでいて、ドラマにおける比奈に当たる人物。能員の娘という設定になっている比奈が、23話で北陸育ちをアピールしていたのは、史実のオマージュなんだろうと。
頼朝の死後、朝宗は徐々にフェードアウトしていって、いつどのように亡くなったのか分からない。とりあえず、比企氏が滅亡した際には その名前が見られない。
北陸の権益は 義時と姫の前の子、つまり朝宗の孫に当たる北条朝時が継いだ。正室の子である朝時は嫡男とされていたが、こともあろうに将軍実朝に仕える女官にちょっかいを出してしまい、父義時から義絶され、嫡男の座も庶出の兄である泰時に奪われた。
再起を図る朝時は、和田合戦の際に朝比奈三郎(和田義盛と巴の子という伝説の残る豪傑)相手に奮戦。この活躍で義絶は解かれたが、面倒くさい親戚を持たない泰時は 北条政子のお気に入りになってしまっていて、もはや泰時の嫡男の座は揺るがなかった。
朝時の一族は、時政より伝来の邸宅の所在地から「名越流」と呼ばれるようになった。名越一族は自分たちこそ本来の北条の後継者という意識が強かったので、ことあるごとに不穏な動きを見せては、その度に得宗家から粛清を受ける。そして鎌倉幕府が滅亡し、南北朝時代に入った後も、名越一族は北陸で戦いを続けることになる。
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