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2022年03月14日19:20

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コーエーの源平合戦で見る「鎌倉殿」・10

という日記のタイトルではあるのだけれども、ドラマに登場した佐竹義政は、ろくな活躍もなく広常に殺されているためか、ゲームには登場していない。代わってドラマには登場しなかった父と弟のステータス。

佐竹隆義
知才70武力64優雅50勇名57菩提55加護62無常37弓術61
佐竹父。頼朝軍襲来時には京都にいて、籠城戦には参加できなかった。

佐竹秀義
知才60武力78優雅31勇名52菩提54加護40無常31弓術79 貴種
佐竹弟。兄・義政とともに広常に呼び出されていたが、警戒して出向かなかった。広常に殺害された兄に代わって籠城戦を指揮したが、一緒に籠城していた叔父が頼朝方に内通したため落城。父の後妻の実家である奥州藤原氏の下に逃亡し、そこで体制を立て直すと、再び舞い戻って頼朝への抵抗活動を続けた。


もともとは同族である上総氏と千葉氏が、相馬の地の利権を巡って、数代に渡って相続争い。そこに平家と関係を強めた佐竹が横から入ってきて、強引に相馬の利権を奪取。佐竹と平家の間に付け入るスキがなかったため、千葉氏や上総氏が訴訟で利権を取り返せる可能性はほぼ無し。結果、千葉も上総も頼朝を担いで佐竹を排除することにした みたいな流れ。

ドラマでは広常が「ついカッとなって殺った」みたいな感じになっているけれど、上にも書いたとおり、当主不在のタイミングで、家督後継候補を2人まとめて殺そうとしていたわけで、かなり計画的な暗殺。

本来であれば、佐竹排除後に上総と千葉の血みどろの争いになっていたはずなのだけれども、本格的な闘いになる前に上総広常が頼朝に誅殺され、上総の勢力は千葉氏が吸収。相馬も千葉氏の支配下に収まっている。


かつての敵対勢力にみそぎのチャンスを与える意味もあった、頼朝の奥州藤原討伐。秀義もこれに参加して御家人の地位を確保することになるのだけれども、没落時に世話になったはずの藤原氏を かたきであった頼朝の尖兵として攻めたことになるわけで、秀義の心持ちはどんなだったのだろうか。


ちなみに佐竹は元朝秘史の日本編でも独立勢力(常陸源氏)として登場しているのだけれども、プレー動画を見ている限り、1年経たずに滅亡するのがパターンになっている。まぁ平家の本拠の隣という初期配置が悪すぎて、ほぼ初手で滅亡する摂津源氏(源頼政)よりはマシではあるが。佐竹を滅ぼすと略奪できる姫が「亀の前」なあたりが笑いどころ。

※コーエーの源平合戦で見る「鎌倉殿」・インデックス
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