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2022年02月23日20:23

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お家芸

本日起床、午前9時48分。
今日は外仕事なし。原稿関連仕事は赤い本をはじめとして二三諸々。とんでもなくいそがしいというほどではないが、原稿仕事がちょっとバタバタし出した。

長い旅もそろそろ終盤に近づいてきた、朝ドラ『カムカムエヴリバディ』だが、1925年の物語から始まって、とうとう1984年まできた。1984年というと、オレもすでに大阪にきてくらし始めて五年というころである。
今、ドラマの舞台は京都になっているので、大阪市で生活していたオレとは生活文化的背景にかさなるところは少ないが、テレビ・ラジオから流れてくる当時の情報はなつかしい。あみんの「待つわ」が聞こえてきたりとか。

ちなみに、このところ三十三年前からのふり返りで手帳を見て何やかや書いているが、保存している手帳でいちばん古いのが、実のところ1984年なのである。1983年以前は手帳など持たなかったのか、それとも年毎に捨てていったのか、それはおぼえていない。

その1984年の2月の今ごろあたりの項目を見ると、21日は「学力試験(筆答)9:00〜12:00/13:30〜16:30」、22日は「口述試験13:30〜」とある。この二日間は修士の試験だったようだ。

(筆答)とある前半は語学である。二科目で英語ともう一科目。国文の場合、もう一科目は漢文が外国語として許されていたので、みなそれを選択する。ただ、何やらの版本か写本をただコピーしてきただけの白文漢文だった。それを全文ひたすら現代語訳する(英語も同じ)。

(筆答)の後半は専門分野。一題は、杉本町の伝統(今はどうなのだろう)で、『萬葉集』の寛永版本から一首コピーしたものを提示して「解釈せよ」という問題。たぶん大学の先生もとくに何も考えず、一首気まぐれで選んで出しているのではないかと思う。「解釈」というのが、またすこぶるやっかいだ。何を書くかで学生の資質が深く問われる。上代を専攻していない学生にはきびしかったのか。でも、杉本町ではそんなことはいささかの配慮もなかっただろう。

また、もう一題はその年で課題はさまざまだが、確かこのときは「文学史について論ぜよ」ではなかったか(記憶が曖昧なのでもしかしたら博士の試験だったかも)。B4の解答用紙に一二枚(二三枚?)も何か書かされたのだったか。文学史を論じるというのは、杉本町方面国文のある種お家芸であった。

■三十三年前の本日(1989/2/23/木):SK。

■本日の失敗:油を落そうと思って、水を張ったフライパンガスコンロの火にかけたのを忘れて、二時間ほども放置してしまった。やれやれ……。

□本日のウォーミングアップ落語:六代目三遊亭円楽「町内の若い衆」。

□昨夜のクーリングダウン・チューン:milet「Baby I Love You」※日テレ『MUSIC BLOOD』2022/2/18OA。

★ロケンロ★Love&Peace,Osaka,ひこにゃん.Thank you.
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