HImaP&Σ 渡部学
2021/11/23 12:12
色んな人の色々な話を聞きやっぱり思ったこと。
当たり前だけど、良い事、悪い事には人々が産まれた環境で教わり、ある程度の極端な事は善悪の基準値ある。物事の当たり前もルールも。
だが、細かい事になるとその基準値やルールや善悪は有耶無耶になり、曖昧で個人差がでてしまう。
その個人差を踏まえて言うけど。
渡部学が今思ったこと。
自分自身は灯台下暗しで見えてない部分がある中で、ルールにこだわること色々。
自分自身が出来て、相手ができない事に対しても色々な内容あるけど。
マナーやエチケットや生活スタイルや生き方のルール自分自身のこだわり。
相手に対して求めてしまう自分自身のルールとか
相手に求めてしまう『なんでできないの?』
相手はなんでできないの?『なんでそこにこだわるの?』って場合も多い。
そこが食い違うよね。
自分自身にとって嫌な事は悪い事。
相手にとっても都合が悪いのは悪い事。
共同生活とかには欠かせない共通ルールとか。
個々で生きるなら自由でいい。でも共通に使うもの、共通に住む場所なら
共同生活だから個々のこだわる部分を共同で通す事、許す事を領域を決める必要がでてくる。
そして、さっきも言ったけど。
渡部学も他の人が思う『なんでできないの?それくらい』ができない場合ある。
それは他の人がみたら、なんでできないの?という疑問と不満になる。
だが、渡部学にはできないからしないんであって、出来たらもうしてるわけなんだ。やらないだけってのも含めて、やらないできない人なんだ。
そして、できるときはできる人になれるし、できない時はできない人になる。当たり前だよね。
その時々でも評価も変わるし行動や感情も変わる。
逆に渡部学が自分自身以外の誰かに忠告して、指摘したことも、できない人はやらないだけってのも含めてできないからしない人になる。
そういう事なんだ。
そして、世の中のルールや決まり事、多くの人のなんとなくある固定概念などの事も全て
出来る人はもうしてる。
できない人は、今やらないだけも含めてできない人
そう分類される。
できない人にやらせようとしても、できないんだから無理なんだ。今、やりたくないとか、今はしないだけも含めて、できない人はできない。できない人にできるよう説得してもできないんです。
それが渡部学も含めて自分自身以外もそれだって再認識した(笑)
出来る人が出来る事をするしかない。
そういう理論を展開すると
悪事して悪さして、その尻拭いは出来る人にさせるとかいう論理を言う人もいるだろう。
でも、尻拭いする出来る人は不平不満や不快感や愚痴は言いたくなるが、つまりはそういう事なんだ。
悪事して悪さする人間はそれしか出来ないの。
その時がたまたま悪さしただけとか含めてもそういう事しかその時は出来ない人なのよ。
良い事が出来る人と良い事が出来ない人。
悪い事しか出来ない人と悪い事をしない人。
ようは出来る事しかしないのよ。
人間の能力値ってそこなんだよね。
出来る人はもうしてる。
出来ない人は今やらないも含めて出来ない人。
出来ない人に出来る事を伝えても、出来ないのだから仕方ない。
だが、出来ない人に指摘や愚痴や不快感を言ったらだめってルールはない。言っていい。
だけど、出来ない人は言われると不満と不快感ある。
そういうものなんだわ。
それをできる人達上手く良い方向に歯車を回すのが素晴らしい。
渡部学も含めて、ダメなやつは生きてて良くならないのは、出来ない人間だから。
出来ない人間がずっと出来ない人間であるとは言わないけど、その瞬間出来ないのなら出来ない人間と評価されてしまう。
世の中って単純明快だよね。
できる人達や人々の人生を良い方向にできる人達や良いことをやっていく人達のレベルが桁違い。
多くは出来ない人間で溢れてる(笑)
おわり
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