大学時代に男声合唱団の合宿の終わりに、長野県の施設に慰問演奏会をしました。
当時団長をしていましたので、事前の打ち合わせやら演奏会の段取りまでを担当。
手足に障害を持つ子供たちに医療や学習をするための施設で、生徒は宿泊していま
した。無事に演奏会も終わり浜松に戻った頃に、生徒から一通の手紙が届きました。
誰か大学生のお兄さんと文通がしたいという物でしたが、団のメンバーに紹介して
返事を書いて欲しいと伝えましたが、誰も手を挙げる人も無くて、団長の私が書くこと
となりました。爾来数年間の文通が続き、相手の生徒も中学生から高校生の思春期
でしたので、次第に慕情が文面ににじむような感じになってきたので、大学を卒業
して間もなく、結婚する相手がいること、後日A子さんにも紹介しますと手紙を書き
送りました。彼女にはその手紙が非常にショックを与えた様でした。私からの手紙を
全て焼却したようです。こちらは一度出会っただけだし、文通の相手が居ないからと
無碍に断るのも可哀そうだという事で、返事をしたためていただけですが、少女期の
思い込みが深かったようです。私の方は彼女からの手紙を全て保管していましたが、
昨年多分60年ぶりにA子さんの手元に返しました。まさか昔の手紙が残らずに手元に
戻ってくるとは思いも寄らなかったのでしょう。現在は、介護施設で、ケアマネージャ
として、子供たちの相談相手になっているということです。その傍ら、小説なども
書いているということで、1月末に「蠍」という同人誌を送ってくれました。文通を
テーマにした小説が長編の読み物として掲載されています。
いまでもこちらから新茶の時期に送ったり、秋には信州からりんごを送ってきたり
交流が続いています。A子さんも古稀を過ぎていますね。
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