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2021年01月17日19:23

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常総学院高校ベストナイン(改)

続きましては、常総学院高校ベストナイン(改)です。


・投手
鎌田義宣、島田直也、佐川友宏、安藤伸行、羽島和則、城取克己、坂田誠一、谷田部光司、稲川馨、柴山裕樹、佐藤隆之、倉則彦、森豪士、佐藤一彦、清本隆治、柏原秀明、山田隆夫、大沼宏史、山田晋太郎、入野剛、村上尚史、平沢雅之、内田博之、飯島秀明、磯部洋輝、島津保生、仁平翔、伊勢隼人、関根匡史、飯田知晃、小原弘友紀、清原大貴、土肥慎、島田隼斗、小熊陽太郎、飯野奨太、長谷川悟、滝沢雅也、秋山頌、斎藤大輔、菅原拓那、伊藤侃嗣、滝本陽、飯田晴海、赤司洸平、金子雄太、秋葉翔太、高畑悠、鈴木昭汰、樫村雄大、菅原一泰、井上真幸、鈴木昭汰、倉田希、柴山尚輝、谷田部健人、塙雄裕、菊地竜雅、市村大翔。

選出:倉則彦。


・捕手
関勝利、大畠朋浩、橘原剛、福井隆博、斎藤博文、小松剛、井川隆幸、冨田浩幸、宇津野房雄、円城寺隆光、山口剛一、田原大輔、中村篤史、大宅一克、赤根久之、大山悟志、上田祐介、持田貴弘、島津寿人、今西裕介、大崎大二朗、光石悠二、小池翔大、飯田大祐、羽鳥尊、増田啓二、生井永大、杉本智哉、内田靖人、吉成祐輔、高瀬将太郎、清水風馬、宮谷勇人、菊地壮太、中山琉唯。

選出:内田靖人。


・一塁手
増田聡、高橋健司、小林孝亘、高谷睦樹、荒川勝、久保正芳、後藤宏樹、松林康徳、福本恭兵、鈴木崇浩、広瀬祐貴、清水耕平、小川悟郎、石井詢、和田力也、石井大貴、吉成智哉、宮里豊汰、岡野優翔、石川光。

選出:ここはサードでノミネートしている横川史学。


・二塁手
江原修一、冨田知伸、西岡隆一、根本健志、伊藤伸彦、田中亮、市川陽介、岡崎俊、新宮崇志、斉須幸太、宮崎渓、井上翔太、泉田正仁、宮本大輔、宇津木真人、田中優次、大平航輝、浅利大介、國井伸二朗、田山喜一、吉沢岳志、宇草孔基、有村恒汰、田口岳、鈴木琉晟、中根琉維。

選出:ここはショートでノミネートしている仁志敏久。


・三塁手
金子正広、佐久間尚喜、山崎篤史、柴一之、小林一也、横川史学、宮田竜一郎、小松沢卓也、湯浅聡明、増田雄介、山岡大輝、柿沼弥臣、大塚翼、荒祐広、花輪直輝、斎藤俊平、斉藤勇人、飯田徹。

選出:ここはセカンドでノミネートしている根本健志。


・遊撃手
春川昌丈、仁志敏久、金子誠、田中亮、前島正光、片庭崇雄、稲石浩之、坂克彦、佐藤一平、大川裕士、藤原裕司、鈴木朝也、柴崎利大、和田丈、進藤逸、皆神裕平、中村迅、大曽根伸哉、手塚悠、陶山歩夢、成瀬諒。

選出:金子誠。


・外野手
大槻義則、溜井一男、荒井宏己、井上利博、久保田寛、須田努、小泉勤、松村誠、中村隆一、島田茂樹、長谷川太志、沼田昌幸、梅野貴正、三宅富士雄、木村友紀、内田隆博、金田裕介、土子貴裕、榎本彰士、沼尻良之、鈴木裕行、五十嵐孝司、瀬和茂樹、村田哲也、出頭大祐、大崎雄太朗、高野浩行、三浦将志、吉原皓史、平野直樹、藤崎浩太、勝田憲司、清原博城、佐藤貴之、古谷友希、関口大志、君山陽平、磯貝慎泰、島根央、佐藤宏憲、長谷川慶介、中村勇太、川崎将太、高野翔、黒田昂希、寺澤良樹、川島尚仁、大野幸男、鈴木翔平、神佑輔、岸本佐武朗、大崎健吾、酒井忠利、高島翔太、池沢恒平、眼龍達矢、菅野史也、和田慎吾、荒原祐貴、竹内諒、石川大、鈴木海斗、陶山勇軌、佐々木風人、手塚駿、藤川寿真、水野勢十郎、中妻翔、菊田拡和、大高優成、江幡大輝、吉成隼、小林暁人。

選出:木村友紀、大崎雄太朗、あと1人はセカンドでノミネートしている宇草孔基。


打順は

(二) 仁志敏久
(中) 大崎雄太朗
(遊) 金子 誠
(捕) 内田靖人
(三) 根本健志
(一) 横川史学
(左) 木村友紀
(投) 倉 則彦
(右) 宇草孔基

監督:木内幸男。


1983年創部です。
1984年に木内幸男監督を迎え、メキメキと力を付けていきました。
1985年夏は県大会ベスト8、1986年夏は県大会ベスト4。
初出場は1987年春に突然やってきました。
東海大浦安の不祥事による出場辞退により、補欠校だった常総学院の代替出場が
決まりました。
結果は初戦敗退でしたが、この経験が夏に活きたと思います。
1987年夏も出場し、一気に決勝進出。
惜しくもPL学園に敗れましたが、準優勝という見事な結果でした。
1992年夏は、ほぼ下級生のメンバーで出場。
佐世保実に初戦敗退でしたが、翌年に期待が持たれました。
ただしその佐世保実戦で、正捕手の山口剛一が負傷。
急遽円城寺隆光が捕手にコンバートされましたが、その円城寺が大活躍。
もし山口剛一が怪我をしなかったら、どうなっていたのでしょうね。
下級生で結果を残し、翌年も結果を残すチームは少ないですが、
1993年の常総学院は違いました。
春は自滅の末に3回戦で敗れましたが、夏は堂々たるベスト4。
優勝してもおかしくありませんでした。
ただ3回戦の鹿児島商工戦は、雨による再試合がなかったら負けていたかもしれませんね。
翌1994年春は清本隆治の好投もあり、決勝進出。
しかし智弁和歌山の前に惜敗でした。
2000年夏は県大会決勝で8回裏に5点を奪われ逆転負け。
その悔しさをバネに出場を果たした2001年春。
しかし初戦の南部戦は序盤で0-7の絶体絶命。
しかしここから怒涛の反撃の結果、8-7と奇跡の逆転勝利。
これで波に乗り、一気に初優勝まで駆け上がりました。
三度目の正直の快挙でした。
2003年夏は「木内監督最後の夏」として挑みました。
「神様仏様飯島様」の活躍もあり、見事優勝と言う形で、有終の美を飾りました。
後任の監督は持丸さんでした。
2005年春、2006年夏、2006年夏と甲子園に出場するもすべて初戦敗退。
そういう状況の中、木内監督再登板の声が大きくなり、ついに現実のものとなります。
正直持丸さんは可哀想でした。
甲子園に出場するだけでも大変なのに・・・
2007年夏の京都外大西との激闘を制していれば、また違ったかもしれません。
木内監督再出発の2008年夏も甲子園出場。
しかしまたしても初戦敗退でした。土肥慎の故障が悔やまれます。
2009年夏も甲子園初戦敗退。
勝ち運から見放された感さえあります。
これが木内監督最後の甲子園となりました。
そして2011年夏、木内監督二度目の勇退。
佐々木監督に変わった2012年夏。
ついに初戦の連敗を止めました。
茨城県勢にとっても9年ぶりの夏勝利でした。
2013年夏はベスト8。2013年夏は飯田晴海の熱中症が悔やまれます。
2015年春、2016年夏もベスト8でした。
2018年夏は下級生主体で県準優勝。
2019年は期待されたのですが・・・
2021年のセンバツは楽しみです。


(最終更新日:2021年1月17日)
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