2021年1月17日 日曜日
16時21分〜
渡部学
もう、透析患者になり、排尿が全く出なくなり、それとともに精巣から精子が作られなくなり衰退して、性欲がなくってからもう5年くらい経過する。
性欲がなくなり、インターネット上から無料で無修正のアダルトビデオが観れるというサイトを親友からの情報で教えてもらって観てたが
5年も前からアダルトビデオは見てない。性欲が急になくなり射精の欲望がないため。(精子が作られてないからだと思う。)
そうなってからはわかったのは楽で快適で良い事。性欲が発生しない。つまりは射精欲がないためオナニーしたくなる気分にならない。
女性に対して性欲が無くなったために性的に女性を欲する事がなくなり、精神的にも楽なのがわかる。
それは性欲があった時には全くわからなかった。
性欲が悪いわけではないし、それは生命の連鎖には必要不可欠な意識と欲望と肉体のメカニズムだ。
だが、彼女や肉体関係を結べる人がいなくて、必要としない状況でもオナニーや射精が必要で無修正のアダルトビデオを観る必要が発生してた昔を振り返ると今の性欲がなくその必要がなくなった状態の方が精神的に楽で快適になってる。不必要だったと気付く。
快楽は今も変わらずにあるし、無理やりオナニーすれば絶頂はある。射精しても精子がほとんどないだけで。
でも精子が生成されないために射精欲が出ない。
快楽の感覚はまだあっても、気持ち良いからやってたわけじゃなく
精子が貯まるから射精したい欲望なのだと気付いた。
精子が貯まるから射精したくなり、それがさらには性的好奇心を結びつけ、女性の性器や反応を見たくなる欲求になり、興奮刺激してるのだとわかった。
現在、渡部学は性欲が一切ないからオナニーもする事はない。
たまに少しだけだが、オナニーをしたい感覚が湧き上がるがすぐに消沈して、そうしない内に解決する。
そして性欲が無くなって衰退、衰弱して思ったこと。
性欲が落ち着き、失うと。女性に興味が凄く薄くなる。
綺麗で美女は好きだが性的な欲望ではそういう目線で観る事はない。同性と同じような感覚としてしか女性を見てない。
さらにはあんなに興奮材料だった女性の性器や反応を性欲が無くなった現在の自分自身は見ても、何が興奮するのか?何が良いのかわからなくなってる(笑)
そもそも20代の頃は無修正アダルトビデオが大好きで色々な女性の裸やその娘の女性器を見て興奮してた。
渡部学の場合はモテなかったので、現実には多くの女性と肉体関係はなかったけど。
精神的にはアダルトビデオにより多くの女性と現実的に肉体関係を結んだぐらい多くの女性の裸や反応を見てきた、実際に触ったり感覚は体験してないが、映像を多く見てきたおかげて、感覚的には多くの女性と交わったぐらいの感覚。
そういう人も世の中多いのでは?実体験はなくても女性を知り尽くせる時代。映像を見るだけだが、感覚的には多くの女性と交わる疑似体験してるはず。
だからか、余計に渡部学は現在は性欲がなくなり、20代の頃いいだけ女性の裸体や性交の映像を見てきて、見飽きたのか?性欲がない状態で現在見ても女性性器を見ても、同性の性器を見てるような感覚ほど当たり前で興奮もしなくなってる。興味が薄れてる。
現在はそうなってる。
現在も美女や可愛い女性は好きだが、SNS上でもモデルなどの写真コメントで性的な欲求のコメントを書くが、言うほど、その性的欲求はない。
だから、肉体メカニズムや性欲ってのは不思議だなって感じた。
精子が作られるから射精したくなり、射精したいから、女性の肉体や女性に関係するアダルトビデオを欲する思考回路の不思議。もしくは実物の女性を欲する。
それが生命の連鎖のための衝動なんだな。
肉体のメカニズムが思考回路まで支配してそれに翻弄されるものなんだと実感してる。
それは性欲無くなった渡部学だから余計にそれがわかる。
厳密に一般人に知られてない真実の変換や循環の話も含めたらややこしくなるけど。
エロは男女ともに肉体的メカニズムからくる、お互いを求める性的衝動である。
その肉体的な機能が失われたら、その思考回路も渡部学のように変わる。男性の場合は特に思考回路が変わるのがわかる。肉体のメカニズムとは思考回路そのものも変えてしまう。快楽だけで行うものだと思ってたが、精子が作られないだけでここまで変わるものだと渡部学は思ってる。
個人差があるから精子生成されなくても、快感依存で絶頂するためにオナニーや女性との性交続ける人もいるかもしれない。それはわからない。渡部学も性的快感が失われたわけではない。ただそれを欲求するものがあまりないだけ。
個人差でそれが良い悪いはあれど、渡部学は性交する相手が現れないのに性的衝動や性的欲求があり、女性の肉体を欲して女性を見てしまい、性欲が抑えられずオナニーして射精する。そういうのがなくなり快適である。
そして、もう一つ、昔、20代の若かった時には、アダルトビデオの中で映像にたまにあったけど。
年寄りの醜い姿になった老人と美女の性交の映像や太った見るからにブサイクな男性と美女が性交をする映像とか
凄く嫌悪感あって嫌った。現在、渡部学も見た目が老化し醜くなり、さらには年齢も中年になってきてるのに、精子が作られ射精したい欲望と女性を欲する欲望が渦巻いてたと想像したら、自分自身でも嫌悪感がある。
若い女性から見ても、若い男性から見ても気持ち悪く思えると自分自身でも思う。
自分自身が歳をとってもイケメンならまだ性欲があってもモテるなら良いと思う。だけど、自分自身はそうじゃない。
だから、性欲が無くなってる現在の自分自身に安心してる。その方が気持ち悪くない。
若い20代の頃自分自身がそういう不細工な醜い男性が性欲の欲望を女性に向けてることを気持ち悪く思ってた。
それが今の現在の自分自身にも該当する。
だから性欲ない現在の自分自身が快適でいいと感じる。
女性を見る目線が純粋に人として精神的に性格があう、安心できる相手との繋がりだけに向き合える。
余分な性欲に振り回されて女性を見るような事はない。
そんな現在の自分自身で安心してる。
愛せる人は男女関係なく、気の合う人と付き合える。
そんな話でした。
終わり
ログインしてコメントを確認・投稿する