mixiユーザー(id:17713252)

2021年01月16日15:09

39 view

1月17日 本日の一言メッセージ

〈1/17(日)本日の一言メッセージ〉
「プラス思考はごく自然な考え方」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21932 (写真入り記事)

プラス思考は、何にも代えられない素晴らしい習慣です。

「プラス思考の例」としてよく用いられるのは、好きな飲み物を半分飲み終わった時に、
(マイナス)「もう半分しかない」、
(プラス)まだ半分もある」、
と考えられます。

また、靴の会社が、発展途上国の奥地に二人の調査マンを派遣して報告させたら、
(マイナス)「現地人はみんな裸足です。靴が売れる可能性は全くありません」、
(プラス)「現地人はみんな裸足です。靴が売れる可能性が無限にあります」、
と語ることができます。

人生において、目の前にある扉が開くかどうかは、心の持ち方、物の考え方一つです。

落ち込んだ時、逆境に置かれた時、失敗した時などのマイナスの状況にあっても、考え方一つで希望が湧いてきます。

失恋して落ち込んだ女性に、「彼があなたから去っていったことは確かに悪いニュースですが、良いニュースは、この世の中には、あなたにふさわしい素敵な男性が星の数ほどいることです。」と話してあげることができます。

夫からのDVで苦しめられた挙句に、離婚を迫れている女性に対して、「子供が1人いて、さらにおなかの中に赤ちゃんがいるのに大変だと思います。しかし、あなたはDVから解放されて、今日から自由です。」とアドバイスをしたことがあります。

その女性は、その言葉に慰められただけではなく、その後復縁して、現在は幸せな家庭を築いています。

プラス思考の力は、一人の人の人生を変えることさえあります。

プラス思考において大切なことは・・・、

1、まず、無理にこじつけたようにプラスに考えるのではなく、「現状をあるがままで受け入れる」ことです。

アメリカの神学者の「ラインホルド・ニーバー」は、次のような祈りを神に捧げました。

「神よ 変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、 変えることのできるものと、変えることのできないものとを、 識別する知恵を与えたまえ」

(英語版の原文)
「O GOD, GIVE US
SERENITY TO ACCEPT WHAT CANNOT BE CHANGED,
COURAGE TO CHANGE WHAT SHOULD BE CHANGED,
AND WISDOM TO DISTINGUISH THE ONE FROM THE OTHER」

プラス思考の土台は、「変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さ」つまり、「現状をあるがままで受け入れる」心のゆとりです。この心を神に、「与えて下さい」と祈ることからはじまります。

2、次に、あるがままの現状に対して、マイナスとか、プラスという判断をくださないで、神に委ねることです。

『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています』(ローマ8:28)。

神は、「すべてのことを働かせて益としてくださる」お方です。

私たちの目にはマイナスに映ったとしても、神は、マイナスをプラスに変えてくださいます。

神が「すべてのことを働かせて益としてくださる」プラスは、私たちの目にも、マイナスがプラスに変わったと必ずわかる形で変えてくださる「プラス」です。

神に信頼し、神にお任せしましょう。

3、最後に、「十字架」は「プラスの形」をしていますが、十字架こそ、マイナスをプラスに変える最強の力です。

どう見てもマイナスとしか言いようがない状況もあります。

無理にプラスに考えようとしても、とても難しいですし、神が万事を益と変えてくださったことが自覚できるのにも、しばらく時間がかかりそうな時にこそ有効な方法があります。

マイナスの状況の中に、イエス・キリストが十字架にかけられた木を投げ入れ、イエス・キリストをそのただ中にお迎えすることです。

次のような実話があります。

『モーセはイスラエルを葦の海から旅立たせた。彼らはシュルの荒野へ出て行き、三日間、荒野を歩いた。彼らには水が見つからなかった。彼らはマラに来たが、マラの水は苦くて飲むことができなかった。それで、そこはマラと呼ばれた。民はモーセにつぶやいて、「私たちは何を飲んだらよいのですか」と言った。モーセは【主】に叫んだ。すると、【主】は彼に一本の木を示されたので、モーセはそれを水に投げ入れた。すると、水は甘くなった。その所で主は彼に、おきてと定めを授け、その所で彼を試みられた』(出エジプト15:22〜25」。

イスラエルの民は、荒野で三日間も水が見つからなくて瀕死の状況に追い込まれていました。しかし、やっと見つかった水は苦くて、とても飲めるようなものではありませんでした。

民は、導いているモーセにつぶやきました。モーセは神に祈りました。そうしたら、「一本の木」が示されました。モーセは、苦くて飲めない水の中に、「その一本の木」を投げ込みました。すると、その苦い水は、甘くておいしい水に変わりました。

この「一本の木」とは、将来、イエス・キリストが十字架にかけられて処刑される十字架の木です。

祈りによって、あなたのマイナスの状況の中に、イエス・キリストの十字架の木を握りしめて、投げ込んでください。マイナスはプラスに変えられるはずです。

今、この時代のマラはどこにあるでしょう?

それは、私たちの心の中から流れてくる感情であり、霊です。

心が傷つき、否定的になり、失望し、絶望するならば、心が苦くなり、苦い感情と、苦い霊が流れ出ます。

しかし、その苦い心に十字架を投げ込むならば、心はいやされ、その苦さは甘く変わり、甘い肯定的な感情と霊が流れるようになります。

聖書は語ります。『イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです』(ヘブル13:8)。

祈るならば、時間を超え、空間を超えて、イエス・キリストがかけられた十字架が、あなたの手に握られ、あなたの苦しみと絶望の暗闇の中に投げ込むことができるのです。

十字架は、その苦しみをいやし、マイナスをプラスに変え、絶望に光をもたらして、大逆転の祝福に変えてしまいます。

私は、クリスチャンになり、牧師になってから、この十字架による軌跡を何度も体験してきました。

プラス思考は、人間の業ではなく、神が与えてくたさるごく自然な考え方です。

神が共におられるならば、プラスはプラスなので感謝できるし、マイナスもプラスに変わるので感謝できます。

すべてのことを感謝し、神にあるプラス思考で生きてまいりましょう。




【動画メッセージ】
「幸せと健康の扉を開く鍵」
https://youtu.be/c9IMeBQhMgk




【断食祈祷聖会】
https://youtu.be/IGhVO0MIOKw (開会前祈祷)




【越谷駅 路傍伝道】
https://youtu.be/0MGutiJELTk (前半)

「福音の宣言と共に、対話をしながらの伝道が大切」
1月18日(木)17時〜19時【埼玉シリーズ】『越谷駅 路傍伝道』

緊急事態宣言下で路傍伝道をする上で心配なことは、実際の活動ではなく、電車で移動する時の感染リスクです。路傍伝道自体は野外での活動ですし、三密を避け、マスクや手袋などを着用しておりますので実際はそう大きな問題にはなりません。さらに、一番の感染リスクは会食ではないかと思います。ですから、緊急事態宣言が解除されるまでは会食会を中止にしています。

人がウイルスを嫌っても、ウイルスは人を選ぶことはなく、接触するならば直ちに感染してしまいます。神様がウイルスを見えないように造られたのは、見える必要がないからだと思います。目に見えないゆえに、最大限の警戒をすると共に、神に撚り頼むほかありません。結果、神に近づけられ、信仰が強められます。

今日の路傍伝道は、何人かの人に個人伝道をしました。その相手の方は、「このように心がいやされるような音楽はとてもいいですね」と言ってくださいました。緊急事態宣言下で、多くの人は足早に家路を急いでいますが、「フッと心がいやされる音楽がありがたい」と言葉をいただいたことで、伝道において大切なことは、一方的に福音を宣言するだけではなく、対話することで確実の相手の心に福音が届くのではないかと感じます。福音の宣言が大切なのは言うまでもありませんが、ともすると、「私は正しい人、だからあなたを助けます」と、上から目線で、一方的・独善的な態度になってしまう可能性があると感じます。そうなってはいけません。対話をしながら福音を語り、相手が何を求め、何を必要としているのかを聴こうとする姿勢を保つこと、そして、相手のニーズを福音によってそれを満たそうとすることが大切だと思います。

キリストがサマリヤの女(ヨハネの福音書4章に登場する女性)に伝道をした姿は、まさに対話を通して伝道をし、女性を救いに導かれました。

「ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは『わたしに水を飲ませてください』と言われた。弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。そこで、そのサマリヤの女は言った。『あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか』。──ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである──イエスは答えて言われた。『もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう』。彼女は言った。『先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。あなたは、私たちの父ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです』。イエスは答えて言われた。『この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます』。女はイエスに言った。『先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい』。イエスは彼女に言われた。『行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい』。女は答えて言った。『私には夫はありません』。イエスは言われた。『私には夫がないというのは、もっともです。あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです』。女は言った。『先生。あなたは預言者だと思います。私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます』。イエスは彼女に言われた。『わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。』女はイエスに言った。『私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。』イエスは言われた。『あなたと話しているこのわたしがそれです』」(ヨハネの福音書4:7〜26)。

緊急事態宣言下の今、人々は不安を感じています。今だからこそ、通行する方々の心に耳を傾ける必要があると思います。

イエス様がサマリヤの女に伝道をしている姿を思い起こし、対話をしながら伝道することの大切さを考えさせられました。

https://youtu.be/UrQsSPraqNI (主は栄光)
https://youtu.be/SBrQBGLMQVU (なんとすばらしい!)
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年01月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31