2021年1月15日金曜日
10時55分〜
HImaPひまぴー渡部学
想像力の話
人との問題や災い、事件、犯人を追究する方法
人々の記憶を見ることが出来たなら
事件や犯人や問題に嘘や偽りや事実を暴くために、世の中には監視カメラや映像などに残したらわかりやすくそれに映ってるのは事実になる。が、しかし映像だけでは見抜けない事がある。さらには映像を加工する技術がある現代はさらに真実を判断するのに難しい。
人々の記憶を映像のように、その人の記憶を観ることが出来たら、それは真実以外にない。
人々の記憶を観る技術が出来ると革命だ。
だが、知られない方が良い事も世の中にある。だから脅威でもある。
問題はもう一つある。人の記憶を観ることが出来てなお真実じゃない場合。
それは自分自身の意識、記憶があり自分自身でした行動や感情や言動でも操られてた場合。
それは方法はどんな方法があるかは渡部学はわからない。けど、そういう事があると仮説すると
記憶を観れる技術があっても、なお、真実が見えない事になる。
これを取り締まる側が居たとして、どう解決するのか?
記憶や意識はその人物の正真正銘のもので起こした行動も言動も感情も自分自身である場合はそれは自分自身でしかないと言える。
でもそうやって操る事が可能な方法があるのなら。
記憶を観れても全く真実を掴めず、それは記憶の映像を観れる技術があれば記憶の映像だけが証拠となり言い逃れはできない。
だが、上記のような、記憶や意識は自分自身のままなのに、そうじゃない何かに操られてた場合
それを証明するには
記憶の映像の前に、個人の意識を識別できる何かが必要になる。
個人の意識を識別できる何か技術があれば
記憶の映像と個人の識別した意識を結びつけ証明できる。
記憶が映像に出来てもその人物が別の何かに操られてる場合は意識の識別でそれを暴けばいい。
それで本当に真実が解ける。
問題や事件や犯人を突き止める方法はこれでようやく終止符を打てる。
そういう想像力の話。
終わり
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