初日から寝坊した。
4時45分の八高線の始発に乗る予定であったのだが。
目が醒めたら、6時45分だった。。
目覚ましもセットしていたのに、鳴らなかったのか、無意識に消したのかは解らない。
乗り継ぎを調べたら7時18分の八高線に乗れば、良い事が解ったので、慌ただしく準備をする。
八王子駅に着いたら、臨時の「サンライズ出雲」が積雪の為運休しているとの案内がある。
日本海側の積雪は、尋常では無い様だ。
八王子発7時18分の川越行きに無事、乗車した。
車輛は209系。
八高線に乗車するのも2015年の秋以来。
車内はまあ、空いている。
北八王子で列車交換。
4分程停車する。
次の小宮でも3分停車。
八王子行きと交換する。
八高線は関東平野の縁を走るローカル線だか、八王子から高麗川までは電化もされ、川越線とも乗り入れをしており本数が多い。
沿線風景も、八王子の郊外電車と云った赴きだ。
多摩川を渡り、拝島に到着。
拝島は、青梅線、五日市線、西武拝島線、更に米軍専用線が乗り入れる鉄道の要衝。
その拝島では八王子行きの列車に青梅線の立川行き、西武拝島線の黄色い列車が停車していた。
次は東福生。
この辺りは米軍の施設が多い町。
ここでも八王子行きと交換した。
そして、東福生を出ると雨がばらついて来た。
次の箱根ヶ崎でも交換。
八王子行きが遅れている様で、川越行きの発車も遅れている。
結局、3分程遅れての発車となった。
八高線の八王子-高麗川は複線にするべきだろう。
入間川を渡り、西武池袋線を越えると東飯能。
東飯能でも八王子行きが停車している。
西武池袋線も乗り入れているが、列車ほ停まっていない。
扇状地特有の雑木林を抜けて高麗川に到着。
次は8時20分発の高崎行き。
この先は電化されていないから、気動車の登場。
キハ110の3輛編成。
4人掛けと2人掛けのボックスシートが並び、ゆったりとしている。
高麗川を出ると川越線が左へとそれて行く。
その川越線と八高線の間にも路線跡の様なものが見えた。
その先に大規模な工場が見えたから、専用線の跡だったのでだろうか。
関東平野の縁を走るだけあって、勾配がきつくなって来た。
エンジンが唸りをあげる。
そして、雑木林を抜け平野へと出る。
左手から東武越生線が近づいて来て、八高線と並走すると、越生に到着。
東武の車輛は停車していない。
だんだんと風景が田舎染みて来る。
やはり扇状地だからか大規模な水田は少ないみたいだ。
雑木林やら果樹園やらが目に付く。
そうして、明覚に到着。
高麗川行きの列車が停車していた。
明覚を出ても、畑が目に付く。
車窓の両側に山が迫って来る。
一山越えて、ちょっとした町の中に入る。
東武東上線を越えると小川町。
56分の発車まで10分停車する。
東武東上線のホームには、元町・中華街行きの列車が停車している。
駅自体も東武が管理して、JRは間借りしているかの様だ。
高麗川行きの列車が到着して、高崎行きも発車する。
次の竹沢では列車交換設備を撤去していた。
錆の浮いた、古いレールが山積みになり、レールの剥がされた道床は何とも物悲しい。
竹沢から先は、また一山越える。
小川町から折原までの間は、埼玉で仕事をしていた時分に、何度となく車で通った。
その時の道が見える。
そして、折原の駅近くには、当時の得意先の工場がまだ佇んでいた。
もう、13年も昔の話だ。
鉢形城跡を右に過ぎると荒川と寄居の町が一望出来る。
ゆっくりと勾配を下り寄居に到着。
秩父鉄道と東武東上線が接続している。
真ん中に秩父鉄道が走り、その向こうに東上線の列車が見えた。
秩父鉄道の車輛は停まっていない。
寄居を出ると、熊谷へと向かう秩父鉄道が右に反れて行く。
反れた先には「小前田」と云う駅があり「おまえだ」と読む。
昨日BUCK-TICKのライヴで聴いた「Villain」を思い出す。
寄居から先は、再び淡々と関東平野を走る。
近くを関越道が走るから、工場やら物流センターが多い。
埼玉にいた時分には、よく営業で走り回った。
その頃と余り変わっていない。
児玉で高麗川行きが停車していた。
児玉は、陸軍の児玉基地のあった町。
飛行場の跡は今では工場団地になっている。
取引先があったから、昔は随分と来たものだ。
群馬県に入り、一つ目の駅が群馬藤岡駅。
ここは云わずと知れたBUCK-TICKのふるさと。
駅前にある、今井商店の今井寿の部屋こそがBUCK-TICK誕生の場所となった聖地である。
途中下車とも思って、時刻表を調べてみたら群馬藤岡10時45分の高崎行きに乗車しても、山形まで行ける。
どうせ予定していた米坂線は寝坊したお陰で日が暮れてからの乗車になる。
ならば何本遅くなっても同じだ。
それで、倉賀野で下車して折り返す事にした。
今では貴重なEF65がタンク車を何輛も繋いで停車していた。
これも撮り鉄には嬉しい。
一頻り撮影して、倉賀野発9時54分の高麗川行きに乗車。
北藤岡の手前で高崎線を縦断して八高線へと入る。
群馬藤岡が見えて来る。
高崎方面のホームに、キハ110が停車している。
どうやら回送列車の様だ。
10時4分、群馬藤岡に到着。
乗車して来た列車を撮影して、駅スタンプを押す。
残念ながら記念入場券の類いは無いとの事。
古めかしい駅舎には、味がある。
BUCK-TICKのメンバーもこの駅を使ってたのだろうか。
駅前を歩き十石街道の交差点、
相生町交差点の北東角に、聖地・今井商店がある。
BUCK-TICKのギタリスト、今井寿の実家である。
昔ながらの煙草屋さんである。
学生時代は仲間の溜り場となっており、次第に知り合いの知り合いなど今井寿の知らない人間も出入りするようになったと云う。
その中にいたのが櫻井敦司と樋口豊であった。
更に樋口豊がクラスメートだった星野英彦を今井商店へと連れていった。
ここにBUCK-TICKの初期メンバーが揃ったと云うのは、全く、運命と云うしかない。
(ヤガミトールは、初期ボーカルが脱退した後に櫻井敦司がドラムからボーカルに転向した後BUCK-TICKに加入、樋口豊の実兄でもあり半ば無理矢理BUCK-TICKに引き入れた)
今なお、今井寿の部屋が残されており時折訪れるファンに案内しているとの事だが、このコロナ禍の折りに万が一の事があってはならぬと、今井商店の周りを見て歩くだけに留めておいた。
店内には、今井寿氏のご家族と云うか、今井寿の父親とおぼしき方が新聞を読みながら店番されていた。
勿論、声も掛けて無いし、店にも入っていない。
店の前にある自販機でお茶を買って、群馬藤岡の駅に戻った。
10時45分発の列車を待つ。
時間があったがする事も無いので、待合室で待機する。
暫くすると高崎行きの列車がやって来た。
キハ110の2輛編成で、かなり混雑している。
高崎には11時1分。
朝から何も食べていないので、流石に腹が減った。
次の水上行きは12時2分、一時間も待ち時間がある。
丁度、降りたホームに立ち食いのそば屋があった。
昔ながらの駅そばと云う雰囲気である。
折角なので、名物の舞茸天そばを頂いた。
駅構内のお土産
「今日のねこもよう」なる菓子があった。
無類の猫好きたる櫻井敦司のふるさと、群馬県だから猫なのだろうか?
12時2分発の水上行きが入線して来たから乗車する。
211系の4輛編成で、ロングシート車であった。
上越線に乗るのも随分とご無沙汰になる。
2002年の冬コミ後に東北へ乗り鉄した際に「ムーンライトえちご」に乗車して以来だ。
まあ、2007年の夏に両毛線や吾妻線を乗り鉄した際に、高崎から渋川の間は乗車しているが。
発車時間が近付くにつれ、車内が込み合って来た。
12時2分、定刻に発車。
13年振りの高崎の町は、多分、大分と変わっているのだろう。
私にはその変化がよく解らない。
新前橋で両毛線が分岐する。
その新前橋からも多数の乗客があり、かなりの立ち客も出た。
高崎圏のベッドタウン、工業地帯となっている。
遠くに赤城山が見えて来る。
いよいよ関東平野が尽きて、三国峠が立ちはだかる。
渋川に到着。
ここで、吾妻線が分岐、駅を出ると左手側へと離れて行く。
上越線は、利根川を渡ると、いよいよ勾配がきつくなって行く。
左側の車窓に利根川が流れ渋川の町が望める。
岩本の手前に、綾戸ダムと云うダムが見えた。
ダム湖の先に雪に覆われた三国峠が見える。
かなりの積雪だ。
沼田でかなりの下車がある。
上毛高原を過ぎた辺りから、雪景色になって来た。
空は晴れ渡り、見事な雪晴れだ。
上牧を過ぎると、いよいよ終着の水上。
13時7分に無事、到着。
次は13時40分長岡行きだが、本日の最終だと案内している。
大雪の警報が出ているから、予め間引きダイヤで運転するようだ。
最終の長岡行きに乗車出来たのは良いが、長岡から先のダイヤが気になる。
長岡行きはE129系の4輛編成。
まあまあ混んでいる。
鬼が出るか蛇が出るか、取り敢えず上越国境を越える事にする。
前に水上から先に乗車したのは2001年の冬コミ後、只見線の帰り。
当時は115系だった。
だから随分長い間、乗車していない。
長岡行きは定刻に発車。
次の湯檜曽は下りホームが新清水トンネルの中にある事で名高い。
次の土合も、下りホームが新清水トンネル内にホームがある。
何故か長い間、停車していた。
知名度は土合の方が高い様だ。
その理由は、駅舎から10分ほど階段を降りないとホームに着かない、日本一のモグラ駅だからだろう。
その、長い新清水トンネルを抜けると、新潟県の土樽。
風景が一変する。
深い雪に覆われ、鉛色の空は山の稜線を溶かし混み、空と山の境も判然としない。
まさに雪国だ。
越後中里の辺りにはホテルやリゾートマンションの様な建物が建ち並んでいる。
バブルの残照とでも云うべきなのだろうか。
越後湯沢
4分ほど遅れて到着。
魚野川の西側に沿って走る。
石打の構内の側線が雪に覆われて全く見えない。
路線は勿論、除雪しているのだが、周りの積雪が多くて壁になっているからだ。
石打を出ると、湯檜曽駅でお客様対応をした影響で3分遅れて運転していると案内が入る。
スキー場が多いから、民宿やらペンションの様な建物が目立つ。
特に上越国際スキー場前の駅前にある建物は、まるで「ご注文はうさぎですか?」に出てきそうな雰囲気。
これだけの大雪を見たら、チノちゃんも喜ぶだろうか?
地図で見たら、上越国際スキー場の施設らしい。
お洒落なペンションの様な建物も、何と無くごちうさっぽく見える。
六日町から北越急行が分岐する。
北陸新幹線が金沢まで延長するまでは、首都圏と北陸を結ぶ大動脈だったのだが、今ではローカル運用に甘んじている。
栄枯盛衰は世の習いとは言えとは云え、何とも哀れだ。
小出では只見線が分岐する。
構内にはターンテーブルが残っていた。
小出を出ると只見線が右に反れて行く。
今度は左側から飯山線が迫り越後川口に到着。
飯山線に初乗車したのは1996年の冬コミ帰り。
当時はキハ52がまだ現役だった。
越後川口を出ると、車窓左側に魚野川が流れる。
そして、だんだんと土地が拓けて来た。
小千谷を過ぎると、山岳路線の雰囲気から平野部を走る路線の雰囲気になって来た。
左側から信越本線が迫って来て、上越線がオーバークロスして、宮内に到着。
宮内の隣が長岡なものだから、「To Heart」全盛の頃には宮内レミィ駅と長岡志保駅などと身内ネタにしていたものだった。
今、宮内と云えば「のんのんびより」の宮内れんげになるだろう。
15時29分、定刻に長岡着。
次の列車は15時32分発の新潟経由豊営行き。
車輛は同じくE129系。
長岡から新潟までは県内屈指の都市間輸送の大動脈である。
が、車内はかなり閑散としている。
押切を出ると徐行運転になった。
どうやら暴風が吹いている様だ。
車掌からも、徐行運転の案内が入る。
一瞬、車内灯も消えて非常灯のみになった。
前途多難を思わせる。
次の新津で駅弁を買おうと思っていたのだが、接続の時間が気になる。
車窓を見ると、成程、かなりの風の様だ。
2005年12月25日に強風により発生した「いなほ号脱線転覆」以来、神経質になっている様だ。
見附から、通常運転に戻る。
東三条で、弥彦線と接続。
新幹線からの乗客と思われる乗客が、多少乗車して来る。
新津には16時38分、10分の遅れで到着。
次の列車は32分発の米沢行き。
出発を待っているから急いで乗り場へ向かう。
駅の端から端へと走る。
16時40分、8分の遅れで発車。
折角のキハ110だったのだが、新津で駅弁は買えなかった。
米沢まで、恐らく駅弁など手に入れる事は深野だろう。
米沢でもこんな時間に、駅弁などは無いだろうから、山形到着まで欠食になる恐れが出て来た。
強風の影響なのか、新津を出ても速度が上がらない。
外はもう薄暗く、影絵の様に風景が浮かんでいる。
それももう少しの間で、濃い藍色の空に高速や国道のライトがオレンジ色に浮かび上がっている。
唸りを上げるエンジンは、全く速度を上げる気配もなく、ゆっくりとした速度で阿賀野川を渡り始めた。
新津を出て20分程経って次の駅である京ヶ瀬に着いた。
京ヶ瀬を出て漸く、キハ110が普通の速度で走り始める。
水原で只でさえ少ない乗客の殆どが下車してしまい、私の他はもう一人だけしかいなくなって仕舞った。
17時20分、新発田に到着。
新潟へ向かう白新線との接続駅だが、白新線内もダイヤが大幅に乱れているとの案内が入る。
16時59分着のダイヤだから、かなり遅れている。
新発田には駅弁があり、通常ダイヤなら14分停車するのだが、ダイヤが遅れているのですぐに発車して仕舞う。
ただ、遅れは8分まで縮める事が出来た。
しかし、こんな事になるなら高崎で駅弁を買っておけば良かった。
高崎には名物駅弁も多数あるが、東京駅でも容易に買えるから新津で、神尾弁当の駅弁をとスケベ根性出したのが間違いだった。
真っ暗な羽越本線を走る。
殆ど家の灯りも見えない中、中条の駅前にはイルミネーションが煌びやかであった。
都会のイルミネーションに比べたらささやかなものだろうけど、何しろ辺りが闇だから、一層煌びやかに見える。
坂町には6分程遅れて17時44分の到着。
それでも、18時の発車まで15分程の待ち時間がある。
ここから、米坂線に入り米沢へと向かう。
米坂線に乗車するのは21年振り。
駅弁を買うには充分な時間だが、坂町には駅弁は無い。
そんな事は21年前から解っていた。
それでも、何か買えないかと駅前に出て見たが、その様な店は皆無だった。
18時定刻の発車。
羽越本線と別れて米坂線に入る。
荒川に沿って小国へと走る、なかなか風光明媚な路線である。
そして、小国の辺りは日本でも有数の豪雪地帯。
しかし、この漆黒の闇では致し方無い。
それでも、列車に揺られているだけで良い。
それが乗り鉄と云う生き物だ。
21年前に乗車した時は、キハ52であったが、今回はキハ110。
矢張り快適である。
当時、最新アルバムだったGuniw Tools「FICKLE BOON」を聴いていたと云う故事に基づき、今日も「FICKLE BOON」を聴く。
越後下関で、坂町行きと交換。
段々と山深くなって来ている。
雪が深い。
列車は、タイフォンを鳴らしながら走っている。
幾つか、山を越えて小国に到着。
米坂線の中心的な町だけに、賑やかに見える。
駅の裏手には大きな工場もある。
しかし、駅を出てすぐにまた、闇に包まれる。
列車が照らす灯りで見た感じだが、結構な積雪の様だ。
羽前松岡からまた、勾配がきつくなり山の中へと入って行く。
外の気温はマイナス2度だそうだ。
羽前沼沢を過ぎて、いよいよ分水嶺たる宇津峠越えに掛かる。
荒川の支流、間瀬川から離れ、峠を登って行く。
そして、宇津トンネルを抜けると、白川に沿って峠を下って行き、手ノ子に到着。
山を降りきった感じがする。
羽前椿で、新潟行きの列車が待っていた。
山形鉄道フラワー長井線との接続駅である今泉に到着。
駅間が短い。
米坂線には、しょこら駅長と云う猫の駅長がいる。
しょこら駅長が勤務しているのが羽前小松駅。
しかし、年末でお休みされているらしい。
何れにしてもこの時間だと勤務時間外だろうが。
羽前小松を過ぎて、米沢市街を避ける様に大きく南を周り20時2分、米沢に到着した。
次の列車は20時28分の山形行き。
時間はあるが、立ち食いそばは営業終了。
駅弁屋さんも、丁度店を閉めた所だった。
コンビニはあったが、流石にここでコンビニ飯は、何か負けた様な気になる。
仕方が無いので、山形行きに乗車。
標準軌に改造した719系の4輛編成。
20時28分に発車。
車内はがらがらで呑み鉄には丁度良いのだが。
特に特記する事も無く21時14分、山形着。
寂しい駅の西口へ赴き、本日の宿である東横イン山形駅西口の606号室へチェックイン。
ホテル近辺の呑み屋は閉まっていたから、向かうにあるマックスバリュ山形駅西口店で買い物。
惣菜等を買う。
店内にあった「ひっぱりうどん」
これは汁パレスで再現したい。
ひっぱりうどんも購入した。
ホテルに戻り、一盞。
酒は「東光」の濁り。
更に「初孫」の「酔恋花」
明日から正月に掛けて大寒波が東北を襲うと云う。
既に、奥羽本線は明日の運休が決まっている。
果たして、私は明日の日程を無事に過ごせるのだろうか?
シルヴィアン中佐に振り込んでくれないかなあ?
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