かつて広沢虎造の唸った浪曲「次郎長伝」により、日本の都津浦々まで広まったものが、
今や「浪曲ファン」も減ってしまい、清水次郎長も知らない世代が増えています。
地元の森町の茶商が浪曲の筋書きを書いて、「森町のお茶のコマーシャルソング」として
広沢虎造のだみ声に載せて全国に知れ渡るようになったのだそうです。特に四国へ渡る、
三十石船の中の「食いねえ食いねえ,すし食いねえ」のやり取りの下りは、代参する船旅
の途中で、次郎長の子分の名前に、自分の名前がいつ出るかと気をもみながらも、すしを
食わせる面白さがありました。現在は1993年に三代目広沢虎造の逝去後は、空きの状
態となっている。二代目の次男の、元UBSのアナウンサーの山田二郎(84)が、201
4年に「二代目虎蔵浪曲継承会」を旗揚げした。参加メンバーが月1回都内で稽古して、年に数回の公演を開催している。父の披露した節や啖呵はなかなか再現できずにいる。
現代の虎造は、愛媛の84歳女性。そんな情報を聞いて、探したら愛好会「虎造節保存会
」にその人が居ました。吉川正紀子さんがその人。11月下旬、松山市内で開催された
同会の無観客公演の舞台に登場した。「三十石船道中」をリレー形式で披露。吉川さんは
迫力あふれるうなりで、破天荒だが情に厚い石松になりきった。歌で磨いた吉川の発声と
音感の妙を聞きつけて、入会を誘ったのは八木健理事長(80)。元NHKのアナウンサー
で俳人の八木が、松山局で定年を迎えて暮らす愛媛県で2009年に立ち上げた。虎造
節には幼少時から親しみ、アナ時代もその話術に学んだという。しかし「至芸を引き継ぐ
人がいない」と危機感を募らせ2010年から「虎造節全国大会」を東京・浅草木馬亭で
開く。虎造節の普及や人材の発掘の場として定着している。
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