〈12/12(土)本日の一言メッセージ〉
「あなたの問題は解決している」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21887 (写真入り記事)
牧師になってしばらく経ったある日の事。神学校時代の恩師から電話がありました。
「突然ですが、菅野先生にお願いしたいことがあります。2日後のお葬式の司式を私の代わりにやって頂けないでしょうか。牧師は、冠婚葬祭の司式ができるようになって一人前と言われますから、よい機会だと思いますから」。
日本には、「千里の道も一歩から」ということわざがありますが、南米出身の友人が、南米に古くから伝わることわざを口癖があります。
「誰にでもはじまりがある」。
友人がその言葉を使う理由は、「誰にでも始まりがあり、完全でなくて良い。今できる精一杯をやったらいい。さあ、肩の力を抜いて楽な気持ちでやったらいいよ」と、リラックスを促してくれたのだと思います。
祈ってから引き受けましたが、死別の悲しみの中にいる人に対して、口先だけの慰めの言葉を語ることはできませんでした。
軽々しい言葉を語るくらいならば、悲しみを共に感じながら、黙っていた方がはるかに慰めを伝えられるものです。
説教(式辞)の準備に苦労しました。
そして、いのちを削るような思いで、前夜式、告別式、火葬の前後の式を執り行いました。
喪主や遺族の方々と、長い時間一緒に過ごしました。食事も出されたので、食事を共にしながらも、ひたすら、「主の慰めがありますように」と祈りながら、二日間を過ごしました。
それから何十回も葬儀の死式を行なって来ました。次第に心の変化が起こりました。
それまでは、「家族との死別をしたくない」という心があります。つらくて耐える自信がなく、恐れていました。
しかし、何十回も司式を行い、火葬をし、骨を骨壷に納め、お墓に納骨するお供をさせて頂いたことで、死は身近であり、恐れる必要はないことだと感じるようになりました。
お葬式では、イエス様の復活と共に、信者の復活と永遠のいのち、先に召された者との再会を語ります。
自らが語る聖書の言葉によって、死と悲しみを直視するだけではなく、そこに希望を見出せるようになりました。
神の目から見たら、死は、死に打ち勝たれたイエス様によって、通過点に過ぎないとも言えます。
死に対する解決があるからこそ、死を直視できるのだと思います。
死とは、人間にとって最大の問題です。
この最大の問題が解決しているということは、日常の小さな問題はおろか、すべての問題が解決していると言っても言い過ぎではありません。
リチャード カールソン氏は、「小さいことにくよくよするな!―しょせん、すべては小さなこと (サンマーク文庫) 」という有名な本を執筆しました。
聖書には、「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」(ピリピ4章6節〜7節)と書かれています。
「何も思い煩うな」つまり、「小さなことにも、大きなことにもくよくよするな!」と語るのです。
イエス・キリストは、十字架にかかり、墓に葬られ、三日目によみがえって、死を打ち滅ぼされました。
死の問題が解決したと言う事は、それ以下の問題も解決済みです。
私の中で、死の問題が解決するには時間がかかりました。
死は、愛する者との交わりの断絶です。あまりにも悲しすぎて、その事実を受け入れることは容易ではありませんでした。
しかし、死は死で終わることはありません。復活し、永遠のいのちが与えられて、天国で再会を、実体験するかのように確信できました。
人間関係で、拒絶されたり、悪意を憎しみに触れた時、深く傷つきます。
その痛みや悲しみがいやされるのには時間がかかります。
しかし、イエス様を信じるなら、最大の問題が解決済みなのです。
時間はかかったとしても、その事実を自分のものとすることができます。
解決があるので、直視することができ、自分の心の中でその問題が処理され、実際に、問題の解決を得ることができます。
あなたの問題はすでに解決しているのです。
【動画メッセージ】
「神は知っておられる」
https://youtu.be/KDlLUqyXkQc
【川口駅路傍伝道】
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https://youtu.be/L6UJiNzmd0E (君は愛されるため生まれた)
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https://youtu.be/IQkq-FibABw (御名を掲げて)
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