近鉄が「近鉄全線3日間フリーきっぷ」なる企画乗車券を出した。
連続する三日間、近鉄全線乗り放題で3000円と云う、とてつもないお買い得切符である。
それで、この乗車券を使用し近鉄と三重県内の中小私鉄乗り潰しの旅を企画してみた。
朝5時に起床。
四条発5時33分の竹田行きに乗車。
始発だと云うのに割と混んでいる。
京都で下車して、近鉄の乗り場へと歩く。
三連休の初日だからか、京都駅のコンコースも早朝だと云うのに人が多い。
しかし、早朝だから新幹線八条口はまだ開いていないし、駅ナカも閉まっている。
近鉄のホームも、それなりに人がいるが、構内のファミリーマートはまだ開いていない。
近鉄の改札内にある待合室で列車を待つ。
先発の大和西大寺行きが発車し、5時50分頃に橿原神宮前行き急行が入って来た。
6時を回るとホーム脇のファミリーマートが開店。
レジに列が出来た。
朝食でもと思ったが、特に何も買わずに出る。
6時8分、橿原神宮前行き急行が発車。
まだ真っ暗闇の京都の町を走り出す。
伏見を通過する辺りで東の空が白み始めて来た。
まだ、家々に灯りは着いておらず町は眠っている。
橿原神宮前行きの車内は、座席が7割埋まる程度だから、空いている。
宇治川を渡り、東の空がオレンジ色に輝いて来る。
まだ真っ暗闇の中、列車に乗り段々と朝日が昇って来る雰囲気は、夜汽車で朝を迎えた様な気になり、好きだ。
富野荘を通過し、木津川を渡る。
木津川台辺りで朝日が昇って来た。
「朝が来るぜ こんな世界に」と唄う
6時46分、大和西大寺に到着。
近鉄奈良線、橿原線、京都線が合流する交通の要衝。
難波方面から奈良行き準急
橿原神宮前行きの座席が埋まり立客も出て来た。
奈良盆地を淡々と走り7時8分、大和八木に到着。
橿原線と大阪線が十字にクロスしている。
橿原線が地上で大阪線が高架と云う構造。
7時14分、五十鈴行き急行が到着。
超満員だったが、殆どの乗客が下車して車内は閑散としている。
橿原線の列車を待ち、7時18分、2分遅れで発車。
長谷寺を過ぎ、段々と山に入って行く。
もう大分と、色付いて来ている。
伊賀盆地に入って榛原に停車。
京都行きの特急「ビスタカー」が通過して行く。
名張の手前でも、上本町行きの特急が走り去り、名張では名古屋行きの特急「ひのとり」に抜かされる。
反対側のホームには、団体臨時列車「あおぞら�供廚�停車していた。
桔梗が丘で特急「アーバンライナー」とすれ違う。
段々と雲が厚くなって来る。
空模様が怪しい。
伊賀神戸に到着。
ここから先は、2006年以来の乗車となる。
地面が濡れているから、明け方まで雨が降っていたのだろう。
青山越えに挑むから、勾配がきつくなって来る。
伊賀上津を過ぎると、何故かかなりの徐行運転。
車掌に指令などから頻繁に無線が入る。
まさか、事故か何かが起こったのではと危惧した。
西青山の手前で「ビスタカー」が速度を上げて走り去る。
西青山を過ぎて、新青山トンネルで青山越え。
大手私鉄の中では最長のトンネルである。
ようやく速度を上げる。
トンネルを抜けると東青山。
2輛編成の電車が留置線に停車している。
伊賀から伊勢に入り、何となく関西文化圏を抜けた様な気がする。
榊原温泉口に到着する前に「スリップの為3分遅れ」との案内があった。
なるほど、伊賀上津からの徐行運転は、車輪が空転していたのだろうか。
青山を越えたら晴れて来た。
伊勢中川の短絡線に「アーバンライナー」が待機している。
伊勢中川には3分遅れの8時31分に到着。
この駅は大阪線、名古屋線、山田線が合流する。
大阪線から名古屋線に入るにはスイッチバックしなければならないから、難波と名古屋を結ぶ特急は短絡線を通り伊勢中川には停まらない。
次の名古屋行き急行を待つ間に、京都行きの特急、賢島行きの特急、名古屋行きの特急が発着する。
そして、8時39分、名古屋行き急行が到着。
近鉄の特急ネットワークは物凄い。
名古屋行きの急行は、それなりに混んでいる。
南ヶ丘で特急「ひのとり」とすれ違う。
三重県の県庁所在地である津を過ぎ、江戸橋に到着。
難波行きの「アーバンライナー」が通過し、名古屋行きの「アーバンライナー」に追い抜かれる。
伊勢中川から各駅に停車して来たが、ここから急行らしく、駅を通過して行く。
千里を通過してすぐ、木村工機河芸工場がある。
20数年前、当時勤めていた会社で、よく訪問していた。
勿論、納品も兼ねてバンで来ていたから、近鉄で来た事はなかった。
白子で「アーバンライナー」とすれ違い、塩浜でも「アーバンライナー」とすれ違う。
塩浜には隣接してJR貨物の塩浜駅が広がっている。
近鉄の車輛の隣にタンク車が大量に並んでおり、DF200形ディーゼル機関車が停車している。
なんとも違和感のある風景だ。
そして、昭和四日市石油専用線が先に続いている。
近鉄四日市で座席が埋まり立ち客も出て来た。
揖斐川、長良川の手前、桑名に9時39分到着。
桑名は、JR、近鉄、養老鉄道の三つの路線が合流している。
更に桑名の駅前には西桑名駅があり、三岐鉄道北勢線の始発駅となっている。
駅前は再開発中で何となく殺風景である。
西桑名駅で三岐鉄道の一日乗車券を購入。
値段は1200円で、三岐鉄道の鉄道路線全て乗り放題となる。
三岐鉄道北勢線は、元は近鉄の北勢線で赤字が酷く廃止の以降であったが、三岐鉄道に移行された。
ホームに出てみると、線路の幅が狭い。
それもその筈で、北勢線は線路の幅が762�个離淵蹇璽押璽検�
JRが1067�弌�近鉄は1435�个世�ら近鉄の半分程しかない。
10時1分、折り返し阿下喜行きが到着。
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向かいに座った人と膝がくっつきそうである。
10時5分、西桑名を発車。
吊り掛け式の駆動音がたまらない。
西桑名を出ると急カーブ、急勾配でJR、近鉄を越えて行く。
車輪がキィキィと鳴り響いている。
ナローゲージならではの急カーブ。
JRを越えたら、後は員弁川の東側を淡々と進んで行く。
線路の規格が低いから、がたがたとよく揺れる。
ナローゲージの鉄道など、1989年の夏に下津井電鉄に乗車して以来になる。
本当によく残ってくれたものだ。
在良で西桑名行きと交換する。
沿線風景はのどかなもので、奈良線の城陽から南、山城青谷辺りの風景を思い出す。
東員でも交換。
三重交通モ4400形電車こと200系が留置されていた。
西桑名行きが到着。
鉄道むすめ「楚原れんげ」電車であった。
ナローゲージに鉄道むすめとは、嬉しい限りだが、矢張り乗車したかった。
母親に抱っこされた、まだ1〜2歳の男の子が「れんげちゃん、れんげちゃん」と喜んでいる。
母親が「れんげちゃん好きなの?」と聞くと「れんげちゃん、好き」と答える。
この男の子は電車も好きな様ですれ違う電車を見て喜んでいたが。
こんな小さい頃から二次元の綺麗なお姉さんと電車が好きとは、将来私みたいな駄目人間にならないか心配になる。
何処かで進路変更して、堅気の道を歩んで欲しいと願わずにはいられない。
その、鉄道むすめ「楚原れんげ」の名前の元ネタになったのが、楚原。
西桑名行きと交換する。
因みに、下の「れんげ」の元ネタは蓮花寺で、これも北勢線にある駅である。
楚原を出ると、勾配を上がって行く。
山の中を走って行く様な雰囲気だが、この辺りは員弁川の河岸段丘が発達しており、台地の上に集落が発達している様だ。
勾配を上がると辺りが拓けて来る。
そして11時5分、終点の阿下喜に到着。
駅構内には昭和6年製の軽便電車であるモニ226号が保存されている。
更に、軽便鉄道博物館と云う小さな博物館もあったが、開いてはいなかった。
モニ226も、施錠されており車内には入れない様にしていた。
朝から飲まず食わずだったから、駅前のセブンイレブンで軽くパンを頂く。
パン一つで十分で、後は車内で折り返し西桑名行きの発車を待つばかり。
11時39分、発車する。
帰りは、今見てきた風景のおさらい。
何となく余裕もある。
麻生田の辺りに撮り鉄が4人程いた。
どうやら北勢線の有名撮影地なのだろう。
行きも一人、田んぼの中に入って撮影しているのがいた。
幾ら稲刈りが終わっているとは云え、田んぼの中に入って撮影するのは如何なものか。
次の楚原で、阿下喜行きが停車していた。
「楚原れんげ」電車だったから、撮り鉄達はこの列車狙いだったのだろう。
のどかな風景を抜け、東員に到着。
阿下喜行きが停車している。
在良では阿下喜行き待ちで停車。
次が蓮花寺。
行きは見逃したが、「楚原れんげ」の駅名板を撮影する。
そして12時26分、西桑名に到着。
桑名駅へ移動し、入場券を購入。
駅舎高架化記念です台紙を貰う。
入場券は硬券であった。
12時41分発の松阪行き急行に乗車。
近鉄富田には12時48分到着。
次は三岐鉄道三岐線で、13時14分の発車まで時間がある。
程無くして、折り返し西藤原行きが到着。
13時14分、定刻に発車。
JRの富田からやって来た貨物線が合流して来る。
桑名の郊外の様な雰囲気の中を走る。
暁学園前では大量の学生がホームに溢れていた。
幸い、桑名方面の電車を待つ学生が殆どだったらしく西藤原行きには余り乗車して来なかった。
暁学園前を出ると朝明川が近付いて来る。
保々には車庫があり、機関車が停車している。
ここで近鉄富田行きと交換。
朝明川を渡り員弁川の西岸に出る。
員弁川の向かいには北勢線が走っている。
北勢中央公園口で、ロードバイクで待っている客がいた。
三岐線はサイクルトレインとして、自転車をそのまま乗車する事が出来る。
大安と云う、何とも縁起の良い駅名の駅でも、子供がスポーツバイクを持ち込んで来た。
そのまま大安を出ると、正面に藤原岳が見える。
セメントを採掘の為、削られた山体の崩壊が著しい。
まるで秩父の武甲山を見る様だ。
丹生川には貨物博物館があるから、貨車が大量に停車している。
伊勢治田でも交換。
古い駅舎に、遠くには山体を削り取られた山。
そして、セメントを満載した貨物列車。
本当に秩父鉄道だ。
北勢線でもそうだったが、
員弁川は河岸段丘が発達している。
その台地の上に集落がある。
段々と上り勾配になる。
そして、藤原岳の麓、東藤原に到着。
太平洋セメントの工場があり、広い構内にはセメント用の貨車が何輛も連なり、機関車が入れ替えをしている。
貨車は工場への線路に入り、セメントの積込作業を行っている。
物凄い迫力だ。
三岐線は、まさにこの為だけにあると云っても過言では無いだろう。
14時2分、西藤原に到着。
構内に、かつて使われていたED22凸型電気機関車や102号蒸気機関車等が保存されていた。
記念に入場券を買い、折り返し14時12分の近鉄富田行きに乗車した。
行きのテンションが高かったからか、帰りは何となく大人し目でいた。
東藤原のセメント工場は、凄かったが、そこから先は何となく景色を眺めていた。
14時57分、近鉄富田に到着。
気が付いたら到着していた様な、そんな感じだった。
15時9分発の五十鈴行き急行に乗り換える。
近鉄四日市には15時13分の到着。
次は近鉄の枝線、湯の山線。
列車は到着しているが、発車はまだ先。
車内で待っている。
湯の山温泉から来た列車が到着して、15時29分、湯の山温泉行きが発車する。
単線のワンマン運転で、四日市の郊外電車の様な雰囲気。
新興住宅が建ち並んでいる。
途中、伊勢松本で結構、降りた。
しかしこの駅名、BLEACHの伊勢七緒と松本乱菊を足した様な…
そんな伊勢松本の先も、郊外の雰囲気。
菰野で近鉄四日市行きが停車していた。
真新しい高速道路の、高い高架をくぐり15時55分、湯の山温泉に到着。
折り返し近鉄四日市行きは4分後の59分の発車。
フリー切符を見せて、元の車輛に戻る。
さっき来た線路を走る。
菰野で湯の山温泉行きを待つ。
伊勢川島では湯の山温泉行きが停車していた。
そして、近鉄四日市に到着。
次は16時39分発の賢島行き特急。
5号車3番A席で、車輛は22000系「ACE」だった。
鈴鹿山脈の向こうに、太陽が沈んで行く。
矢張り、特急は快適だ。
今日は朝の地下鉄から、ずっとロングシート車だったので、流石に疲れたようだ。
優しく包み込むリクライニングシート、何と素晴らしい事か。
伊勢中川で難波行き特急に乗り換える。
車輛はまたもや22000系「ACE」、5号車4番A席。
もう日も落ちて、山の稜線がオレンジに輝いている。
新青山トンネルを抜けたら漆黒の闇。
長谷寺を過ぎて、大和朝倉の辺りから灯りが灯って来た。
桜井が大都会に見える。
大和八木を過ぎ、何時もの近鉄大阪線。
大和八木から大阪方面に特急で通過するのは、95年の春以来。
まあ、伊勢中川で、特急から特急に乗り換えたのも始めてなんだが。
大和八木から先は、勝手知ったる大阪線。
しかし、外は真っ暗闇。
何処を走っているかよ解らないまま、 無事に難波に到着。
難波から地下鉄で梅田に。
阪急に乗り換える。
無事に汁パレスに帰宅。
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