島津薩摩切子の復元 35年展
10月28日 11時49分
江戸時代から伝わる鹿児島伝統のガラス工芸品、「薩摩切子」の復元事業が始まって35年となるのを記念した展示会が、28日から開かれています。
鹿児島市のデパート「山形屋」で開かれている展示会には、職人たちの個性あふれる作品、293点が並んでいます。
「薩摩切子」は、薩摩藩主 島津斉彬が海外への輸出を目指して発展させましたが、西南戦争で職人たちが離散し、長く技術が失われていました。
今回の展示会は、当時の技術を復活させる事業が始まって35年となるのを記念したもので、技術の継承と新たな可能性を探ることがテーマになっています。
薩摩切子のダルマは、切子のカッティングの中でダルマの険しい表情が表現され、美しさと力強さを感じさせます。
薩摩切子で統一された洋食器のセットは、定番の赤を基調にグラスやお皿が揃えられ、切子の凛としたたたずまいを西洋の雰囲気に調和させた作品になっています。
薩摩切子作家で「島津興業薩摩ガラス工芸」取締役の中根櫻龜さんは「若い職人たちが自由な発想で作った、これまでにない薩摩切子の作品が多く並んでいるので、たくさんの人にこの魅力を感じてほしいです」と話していました。
展示会は、来月3日まで開かれています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20201028/5050012439.html
デジタル推進へ通信会社から派遣
10月28日 11時37分
唐津市は来年1月から、大手通信会社から社員1人の派遣を受け、行政手続きのデジタル化を進めることになりました。
唐津市は再来年の夏に現在建設中の新庁舎に移転するのに合わせて、民間のノウハウを活用して行政手続きのデジタル化を進めようとしています。
派遣を受けることになったのは、大手通信会社「ソフトバンク」の技術系の社員1人で、期間は来年1月から3年間を予定しています。
この社員には、窓口での届け出をデジタル化したり、キャッシュレス化したりするほか、業務全般を見直して、デジタル化する方法などを検討し、実施に向けた提案をしてもらうということです。
大手通信会社からの派遣は、東京と大阪、それに名古屋の三大都市圏にある民間企業で働く人材を地方自治体が受け入れる、総務省の制度を利用して行われ、人件費や、事業にかかる費用の一部が、国から交付されます。
唐津市は「市民の生活をより便利にし、職員が取り組むべき仕事に注力できるよう、時代の変化に対応してデジタル化を進めていきたい」としています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/saga/20201028/5080007292.html
歩道暴走事故5年 遺族が手記
10月28日 11時36分
宮崎市中心部で当時73歳の男が運転する軽乗用車が歩道を暴走し、7人が死傷した事故から28日で5年です。
事故で犠牲となった66歳の女性の兄が手記を寄せ、今も癒えない悲しみとともに一人ひとりが事故根絶に向けて努力する必要性を訴えました。
平成27年の10月28日、宮崎市中心部で当時73歳の男が運転する軽乗用車が歩行者をはねながら歩道を600メートル余り暴走し、2人が死亡、5人が重軽傷を負いました。
車を運転していた男はその後の裁判の判決で、認知症などの影響が指摘されました。
事故から5年になるのにあわせて犠牲となった藤本みどりさんの兄の優さんが手記を寄せました。
優さんは、この5年間、手がつけられずにいたみどりさんの旅行バッグの整理を最近、始めたことを明らかにしながらも、「突然、『なぜ、妹があのような事故に巻き込まれなければならなかったのか』と胸をえぐられるような寂しさに襲われることがあり、はかどらないというのが現況です」と5年たってもなお癒えない悲しみをつづっています。
そのうえで、乗り合いタクシーの充実など車がなくても暮らせる仕組み作りや、認知症の人などが事故を起こさないようするため家族や医師などとの連携の必要性を指摘しています。
そして「一人ひとりが事故根絶に向け地道に努力していくことが重要であり、われわれの役割でないかと痛感しています」と訴えています。
軽乗用車が暴走した宮崎駅前の現場近くでは、市民から、高齢ドライバーの事故を防ぐためにも家族が協力することや車がなくても暮らせるよう交通機関の充実が必要だといった声が聞かれました。
事故現場に手向けられた花束を妻と一緒に見ていた宮崎市の22歳の男性は「3年前から宮崎に住んでいますが、ここでそのような悲惨な事故があったことは知りませんでした。もし自分の子どもが事故に巻き込まれたらと思うと怖いです」と話していました。
宮崎市に住む71歳の会社員の男性は「事故当時、近くのビルにいてドクターヘリが下りてきたのを覚えています。私も年齢的に免許の返納を考えないといけませんが、自分では運転技能が落ちたことを認識できないので、家族には『おかしい』と思ったら免許を取り上げてくれと言っています」と話していました。
宮崎市の38歳の自営業の女性は「交通機関が少ない地域ほど高齢ドライバーの事故が起こりやすいと思いますが、車がないと生活に困るので家族でサポートしていく必要があると思います」と話していました。
また、宮崎市の78歳の女性は「夫は84歳ですがまだ運転をしています。公共交通機関がもっと充実すればいいと思います」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/miyazaki/20201028/5060007746.html
ソフトバンク優勝 宮崎でも喜び
10月28日 10時58分
27日、3年ぶりのリーグ優勝を決めたソフトバンク。
キャンプ地、宮崎のファンも宮崎駅前で行われたパブリック・ビューイングでその瞬間を見守りました。
27日は、今月16日に完成したばかりの宮崎駅前の広場にパブリック・ビューイングの会場が設けられ、来月20日に全面開業する「アミュプラザみやざき」の前に設置された大型ビジョンに試合の様子が映し出されました。
会場では、新型コロナウイルスの感染防止のため検温や手の消毒が行われ、座席も間隔を空けて設置されました。
5回に中村晃選手の犠牲フライで先制したソフトバンクは6回にも甲斐選手の10号ツーランホームランで追加点を挙げ、詰めかけたファンからは大きな拍手が上がっていました。
通りかかった高校生やスーツ姿の人たちも足を止めて試合の様子に見入っていて、ソフトバンクが5対1で勝って3年ぶりのリーグ優勝を決めると、会場でもファンが一斉に立ち上がって喜びを分かち合いました。
えびの市から駆けつけた60代の男性は「優勝できて本当によかったです。ことしはコロナの影響で試合を見に行くことは難しかったですが、きょうはたくさんの人と一緒に盛り上がることができました」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/miyazaki/20201028/5060007745.html
鋳造途中の銅銭の一部見つかる
10月28日 10時48分
山口市にあるかつての貨幣の鋳造所「周防鋳銭司跡」で、鋳造途中で失敗したとみられる銅銭の一部が新たに発見されました。
山口市によりますと、新たにみつかったのは銅銭の一部、2点です。
山口市教育委員会と山口大学がおととし、共同で発掘調査を行った際に見つかり、その後、X線などで詳しく解析した結果、平安時代に発行された「承和昌宝」の一部とみられるということです。
2点は、幅が8ミリと11ミリ、長さ13ミリと18ミリ、厚さはいずれも1ミリほどで、ふちにとげのような部分が確認されることから、鋳型に流し込むなど鋳造の過程で失敗した「鋳損じ銭」とみられるということです。
「周防鋳銭司跡」ではこれまでにも、平安時代に発行された別の種類の銅銭が見つかっていて、山口市は、今回の発見により「周防鋳銭司跡」で貨幣が鋳造されていたことが、改めて裏付けられたとしています。
記者会見した渡辺純忠市長は「前回に続いてすばらしい発見だ。今後も発掘調査を続け、地域資源や観光資源につながることを期待している」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/yamaguchi/20201028/4060007487.html
トラックが標識に衝突 男性死亡
10月28日 10時39分
27日朝早く熊本市東区の国道で、トラックが道路脇の案内標識に衝突し、運転していた会社員の男性が死亡しました。
27日午前5時ごろ熊本市東区西原の国道57号線で、北東から南西方面に走っていたトラックが道路脇の案内標識に衝突しました。
この事故でトラックを運転していた熊本市中央区渡鹿の会社員、高森満さん(36)が病院に搬送されましたが、およそ1時間で27日午前6時過ぎ死亡が確認されました。
警察によりますと高森さんは仕事中で、事故現場からおよそ5キロ離れた資材置き場でアスファルトを積んで、工事現場に向かう途中だったということです。
現場は見通しのよい片側2車線の直線道路で、警察によりますと事故があった早朝の時間帯は交通量が少ないということです。
警察は付近の防犯カメラの映像を確認するなどして、事故の詳しい状況を調べています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201028/5000010399.html
住み心地 県内トップは菊陽町
10月28日 10時29分
賃貸住宅大手の会社が、県内の市町村の住み心地についてインターネットによるアンケート調査を行ったところ、菊陽町が最も満足度が高くなりました。
賃貸住宅大手の大東建託は、県内に住む20歳以上の男女3300人余りから回答を得た、インターネットによるアンケート調査の結果を発表しました。
それによりますと、最も満足度が高いのは、熊本市の東側にあり、ベットタウンとして人口が増えている菊陽町で、去年の3位から順位を上げたほか、九州・沖縄のランキングでも、4位にランクインしました。
次いで、合志市、3位が熊本市中央区で、6位まで熊本市内が続き、7位に益城町、8位に宇城市などとなっています。
県内で最も満足度が高かった菊陽町について、JRや高速それに空港へのアクセスがよく、生活に支障がない程度に店舗などがそろっていることが評価されました。
また、上位10位のうち熊本市以外はいずれも、熊本市のベッドタウンだということです。
調査した、大東建託「賃貸未来研究所」の宗健所長は「高い評価を集めた菊陽町などには十分に開発の余地があり、今後も、人気が継続すると見られる」と話しています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201028/5000010411.html
「副業に限定」求人情報を提供
10月28日 10時29分
7月の記録的な豪雨で勤務先が休業したり、業務を縮小したりして仕事が減った人を対象に、短時間の勤務など副業に限定した求人情報をインターネットで紹介するサービスが始まりました。
このサービスは、肥後銀行が人材派遣などを行っているグループ会社と連携して今月16日から始めました。
7月の豪雨で勤務先が休業したり、業務を縮小したりして仕事が大幅に減った人などを対象に、被災地の周辺で人材を募集している企業について業種を問わず掲載しています。
現在は、小売業や建設業などの求人情報が掲載されていて、肥後銀行では、取引先などから短時間の求人を希望する情報を集めるとともに、パートやアルバイトなど副業を探している人にサイトを見てもらうなどしてマッチングを図るとしています。
サイトは、副業限定の求人に特化した情報の提供が売りで、サイトの運営に必要な経費の一部を情報を掲載した企業に負担してもらっています。
肥後銀行では、副業として無理のない勤務時間や勤務地の設定などの相談にも応じるよう企業側に要請しているということで、「被災地域のお客さんに寄り添い、全力で支援したい」と話しています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20201028/5000010410.html
夜間外出の危険性学ぶ交通教室
10月28日 10時23分
日没の時間が早くなっている、この時期に合わせ、高齢者に夜間の運転や外出に潜む危険性を学んでもらう交通安全教室が、鹿児島市で開かれました。
高齢者向けの交通安全教室は、鹿児島県警察本部が毎年この時期に各地で開いていて、27日は、鹿児島市の田上自動車学校に地域のお年寄り42人が集まりました。
教室では、50メートル以上離れた場所から道路上に並んだ人を認識できるかどうかの実験が行われ、黒や緑など暗めの色の服を着た人は見えにくく、白など明るい色の服を着た人は目に付きやすくなることを確認しました。
また、夜間に出歩く際に身につける反射材は、胴体よりも頻繁に動く手首や足元に着用した方が、ドライバーが気づきやすくなることも説明されました。
77歳の女性は「夜になると、色によって見え方が大きく変わることに驚きました。散歩をよくするので、反射材の大切さも実感しました」と話していました。
鹿児島県警察本部によりますと、昨年度、交通事故で亡くなった人全体に占める65歳以上の高齢者の割合は、6割に上っているということです。
鹿児島西警察署の野畑佳吾交通課長は「参加者には、きょう体験したことを、ほかの高齢者にも伝えてほしいです」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20201028/5050012438.html
エチオピア大使がコーヒーをPR
10月28日 07時40分
コーヒー発祥の地とされるエチオピアの駐日大使が27日、那覇市で地元の経済関係者にエチオピア産のコーヒーをふるまってPRしました。
エチオピアのカサ・ガブラヒウォット駐日大使は、沖縄との交流を深めようと那覇市を訪れていて、27日は、那覇市のホテルで開かれた地元の経済関係者との会合に出席しました。
会合では、「コーヒー・セレモニー」と呼ばれる、コーヒーを作るためのエチオピアの伝統儀式が披露されました。
儀式では、エチオピアの女性が、鍋に入った豆を水で洗ったあと、じっくりと時間をかけてばい煎し、コーヒー豆を仕上げていました。
その後、できあがったばかりのコーヒーが、参加者たちにふるまわれました。
参加者は、エチオピアのコーヒー独特のフルーティーな香りを楽しみながら、異国の食文化への理解を深めていました。
ガブラヒウォット駐日大使は、今月31日まで沖縄に滞在する予定で、この間、那覇市の城間市長とも面会する予定です。
https://www.nhk.or.jp/lnews/okinawa/20201028/5090012172.html
地元ラジオ伝えた奄美豪雨10年
10月27日 22時04分
平成22年に3人が死亡した奄美大島の記録的な大雨。「奄美豪雨」として知られる災害から今月で10年になります。当時、被害や交通への影響などで詳細な情報を発信し続けた地域のラジオ局が、10年間地域に向き合い続け、たどりついた思いを取材しました。(奄美支局/平田瑞季)
【豪雨のなか地域をつないだラジオ】
平成22年10月、奄美大島は記録的な大雨に見舞われました。川の氾濫や土砂災害が相次いで3人が死亡し、建物の被害は1400棟以上に上りました。この時の状況を、どこよりも詳しく伝えたのはあるラジオ局でした。当時の放送を録音したテープには緊迫したやりとりが残っていました。
(ラジオ局パーソナリティ)
「いま住用町どういう状況ですか?」
(住民男性)
「想像を絶します!平屋の屋根まで水が来て、まるで海です、海!」
放送したのは地域のラジオ局「あまみエフエム」。あの日、代表の麓憲吾さんが、事態の深刻さに気付いたきっかけは、リスナーからの1通のメールでした。添付された画像には何台もの車が水の中を浮いている様子が映し出されていました。
(あまみエフエム 麓憲吾代表)
「映し出される状況が恐ろしく、人がすでに亡くなってしまっているのではないかと危機感を抱きました。一刻も早く情報を伝えて最悪の状況を回避しなければと災害の放送に切り替えました」
豪雨の放送を続けていると、リスナーからあわせて700件以上の写真やメールが寄せられました。まだ行政も把握していなかった被害や町道の通行止めといった情報を、マイクを通じて地元の人たちに伝え続けました。
さらに電話が通じにくくなるなか、「あまみエフエム」は連絡がとれない家族に安否を知らせる役割も担いました。例えば妊娠中の女性は、夫の安否を心配してこんなメッセージを、放送に託していました。
「主人へ。おなかの赤ちゃんも息子も無事です。無理に運転して帰ってこようとしないください」
あまみエフエムは夜も昼も切れ目なく、5日間、120時間にわたって放送を出し続けました。
(あまみエフエム 麓憲吾代表)
「皆さんの存在を忘れてませんよということだけでも伝えることができればと思って、なんとか元気づけたい一心で放送を届けていました」
【いまも残る豪雨の影響】
あれから10年。「あまみエフエム」が心がけてきたのは、地域の人たちに寄り添い続けることです。
ことし豪雨から10年の特集を任されたのはパーソナリティの渡陽子さんです。渡さんは、自らも10年前の豪雨を体験した一人です。集落に足を運んで取材するうちに気付いたのが、被災した集落がその後、急激な人口減少に悩まされていることです。
なかでも最も大きな被害を受けた住吉地区の西仲間集落では、当時避難した人たちのほとんどが、その後、集落に戻って来ませんでした。人口はおよそ半分になってしまったと言います。
(当時の区長)
「一時的な避難だったはずがその避難で暮らすようになり、永久になってしまった。子どもたちがいなくなり、集落の行事は寂しかった。その次の年もまた災害が来て2年間ぐらいずっとそういう状況でしたね」
渡さんは地域に根ざしたラジオ局だからこそ、豪雨災害の残した傷跡で、伝統行事や集落の存続が難しくなっている状況を伝えなければと考えました。
(あまみエフエム 渡陽子さん)
「みなさん高齢化し、話が聞けなくなるかもしれない。当時を伝えたからこそ、今集落が何に向き合っているのか伝える必要があると思いました。集落で大事にされてる行事や風習などその時々の島を切り取っていきたい」
【10年の節目に伝えたのは】
迎えた放送日。豪雨当時の証言や防災上の課題などに加えて渡さんが伝えたのは、人口減少に向き合いながらも、集落を思う住民の言葉でした。
(集落の住民)
「何百年と続いた集落で歴史や文化もあるしここは奄美大島の中でも一番大事な場所なんだって気づけました。子どもや孫にも自分たちの出身は素敵な場所なんだっていう事を伝えていきたい。いくら災害があって何があってもここに先に住み続けていたい」
奄美大島に行くと多く見る「あまみエフエム」のシールを貼った車。それは島を襲った災害に向き合い、その後も地域に寄り添い続けたラジオ局だったからこそ得られた信頼の証なのかもしれません。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20201027/5050012436.html
九大箱崎キャンパス跡活用案示す
10月27日 18時49分
福岡市東区の九州大学箱崎キャンパス跡地の再開発について話し合う協議会が開かれ、貝塚駅周辺の事業の計画案などが示されました。
福岡市と九州大学は福岡市東区の箱崎キャンパス跡地を中心とするおよそ50ヘクタールの再開発に向けた協議を進めています。
関係者でつくる協議会は27日、およそ2年ぶりに開かれ、大学の専門家や地元の住民などおよそ40人が出席しました。
会合では事務局の福岡市と九州大学が再開発の検討状況を報告するとともに、貝塚駅を含めた周辺の土地区画整理事業の素案を示しました。
素案の説明では貝塚駅の西側に公園を整備することや東側のJR鹿児島本線には箱崎駅と千早駅の間に新駅の設置を検討していることが紹介されました。
再開発では土地の整備を行った上でさまざまな施設の建設などを想定していますが、これを手がける事業者の公募を行う方針です。
きょうは事業者の公募を行う土地の範囲や来年度中に事業者を決める方針なども提示されました。
協議会のメンバーからは「新駅の設置で新たな人の流れが出てくると思うので、上手く取り入れたまちづくりを検討してほしい」という意見が出されていました。
福岡市と九州大学は出された意見も踏まえて事業を進めていきたいとしています
https://www.nhk.or.jp/fukuoka-news/20201027/5010009825.html
山下投手にオリックス指名挨拶
10月27日 18時49分
プロ野球のドラフト会議でオリックスから1位で指名されたピッチャーの福岡大大濠高校の山下舜平大投手は27日球団から指名のあいさつを受け、「日本を代表する選手になりたい」と意気込みを示しました。
山下投手は福岡市出身で、およそ1メートル90センチの長身から投げ込む最速153キロのストレートが持ち味の右ピッチャーで、26日のドラフト会議でオリックスから1位で指名されました。
山下投手は、27日午後4時すぎ高校を訪れたオリックスの福良淳一ゼネラルマネージャーなどから指名のあいさつを受けました。
福良ゼネラルマネージャーから「緊張していますか」と声をかけられた山下投手は、「はい」と短く答えていました。
このあと球団からオリックスのユニフォームと帽子が手渡され、山下投手はさっそく、袖を通していました。
福良ゼネラルマネージャーは「スケールの大きい投手で、2、3年後には必ずチームの投手陣の柱となってくれる」と話し期待を寄せていました。
山下投手は「素晴らしいチームに指名してもらってうれしい気持ちでいっぱいです。プロの世界の戦い方を学んで、日本を代表するような選手になりたいです」と意気込みを示しました。
https://www.nhk.or.jp/fukuoka-news/20201027/5010009820.html
育成3位桑原選手が意気込み語る
10月27日 18時10分
26日のドラフト会議で、ソフトバンクから育成の3位で指名された神村学園高校の桑原秀侍選手が会見し、「打者に向かっていく強い気持ちをプロでも見せていきたい」と意気込みを語りました。
指名から一夜明けた27日、桑原秀侍選手はいちき串木野市の神村学園高校で記者会見を開きました。
この中で、桑原選手は「小さい頃から応援しているチームに入ることができ、うれしい気持ちでいっぱいです。ここからが勝負なので今まで以上に努力して1日も早く一軍で登板したい」と喜びと抱負を語りました。
また、プロへの意気込みについては、「真っ直ぐに自信を持っていて打者に向かっいく強い気持ちをプロの世界でもみせていけたらいいと思います」と話していました。
桑原選手は右投げ右打ちの投手で、切れ味鋭いスライダーと正確なコントロールから繰り出す140キロ台後半の速球が武器です。
夏の鹿児島大会では8回参考ノーヒットノーランを記録し、ソフトバンクのスカウトは「投げっぷりのいい度胸のある投手」と評しています。
打撃面でも主軸として、大会でホームランも放つなどチームの優勝に貢献しました。
野球部の小田大介監督は「努力を続けることをやめなかったことが彼の成長につながったと思う」と話していました。
桑原選手は今後、球団から指名のあいさつを受け、契約を行うことにしています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20201027/5050012435.html
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