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2020年10月11日23:53

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大久保駅路傍伝道

「喜びは福音を語っている証拠」
10月11日(日)19時〜21時【第2日曜日定例】『大久保駅 路傍伝道』

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21805 (写真入り記事)

5分ごとの天気予報を見ながら大久保駅に向かいました。念のため傘を持って出かけましたが、「あと5分で雨が止む」ということまでスマホで知ることができるのです。そして、予報通りに雨が止みました。このことを考えながら次の聖句を思い出しました。

「あなたがたは、夕方には、『夕焼けだから晴れる』と言うし、朝には、『朝焼けでどんよりしているから、きょうは荒れ模様だ』と言う。そんなによく、空模様の見分け方を知っていながら、なぜ時のしるしを見分けることができないのですか」(マタイ16:2〜3)。

大久保の街の人たちの多くは、今が終末であることにまったく関心がありません。ノアの時代、ノア以外は洪水がやって来ようとしていることにまったく気を留めることがありませんでした。いつの時代にもそれは変わらないのだと思います。この時代のバプテスマのヨハネのようなクリスチャンが必要なのです。聖書を配りながら、まっすぐに福音を伝えました。

日曜日の大久保の駅前ではたくさんのクリスチャンと会います。ミュージシャンの友人たちに会いました。地域の教会の知り合いのクリスチャンに会いました。地域の人とも会いました。また私を知っているといういろいろな人たちと会いました。見覚えがないのに、「カンちゃんでしょ?」と言われるのです。思えばこの駅前で19年間伝道をしています。良い証ができるようにと祈るばかりです。

伝道をしながら終始流れている空気は喜びです。一緒に歌を歌っている男性は踊り始めました。またキーボードを弾く男性も体でリズムを取りながら演奏しました。聖書を配る一人ひとりのみなさんの表情も喜びで溢れています。時には、嫌がらせや迫害に会うこともありますが、心の内側から湧き上がる喜びは福音を語っている証拠ではないかと思います。

バプテスマのヨハネというと、「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい」(マタイ3:7〜8)というような厳しいメッセージが思い浮かびますが、それは憎んでいるからではなく愛しているからです。そう語るヨハネは、苦虫を噛み潰したような顔ではなく、喜びに溢れ顔は輝いていたに違いありません。私たちも喜びに溢れて福音を伝えたいと思います。
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