遠州灘で穫れた塩を、かつて海のない信濃の國まで、運んだものです。
現代のように道路や交運搬や通手段が整っていない時代には、文化の
交流や商品の交易のため、また信仰の道として辿られた。遠州から信州
への塩の道は幾つかのルートがあり、それぞれのルートを経由して運搬
されていた。その中の一つに相良・秋葉街道ルートがあった。大体の道
順は、御前崎=相良=塩買坂=川上市場=高田=板沢=掛川=本郷=森
=三倉=犬居=秋葉坂下=秋葉山=西渡=水窪=辰野戸=青崩峠=国境=
遠山郷 であった。
秋葉信仰も江戸時代に盛んになって、各地に秋葉講が誕生して、東海道
を掛川の宿や、袋井の宿で北上する秋葉詣での旅人も増えました。秋葉
道には、秋葉常夜灯がともされて、集落に街道集落には旅館なども立ち
並ぶ繁盛ぶりだった。
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