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2020年09月05日22:58

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東尋坊と越前松島の旅

今日は元々、恵那の明智へ「大河ドラマ館」ツアーの予定だった。
しかし、明智鉄道の食堂車が定員割れでキャンセルになってしまっていた。
なので、明智へ行くのは後日にして、2017年の8月に、私の仕事の都合でキャンセルになって仕舞っていた、越前ツアーをやり直す感じで計画を立ててみた。
この時の越前ツアーは、一泊二日だったが、今回は18きっぷの都合で日帰り。
なので、前半部分だけを盛り込んだ。

京都駅を始発で旅立つので、5時過ぎに汁パレスを出る。
西洞院の交差点に出たら、直ぐにMKタクシーが捕まった。
普段なら五条通近くまで捕まらないのだが。
5時15分頃に、京都駅に到着。
京都5時30分発の米原行きに乗車する。
車輛は223系の12輛編成。
18きっぷシーズンとも思えない位の閑散振りだ。
定刻に発車。
車内放送で、しきりに
「大津駅で停電が発生してます、降りられるお客様は前方の階段をお使い下さい」
と流れる。
此方は、朝4時起きと云う事もあり、睡魔が襲って来た。

目が醒めたら、佐和山城の看板が見えた。
彦根を出て、間も無く米原到着。
案内放送も入る。
6時38分、米原着。
6時51分発の敦賀行きは7番線に停車している。
521系の2輛編成。
18きっぷシーズンの恒例行事、米原ダッシュ。
ただ、コロナの影響なのか18きっぷトラベラーが少ない事。
7時7分発の浜松行きに乗り換える人も結構いる事とで、無事に乗車出来た。
立ち客がいてないどころか座席も空いてい るので、寧ろ少ないと云える。
田村を過ぎると琵琶湖が。
余呉では余呉湖が見える。
実に良い天気だ。
近江塩津で湖西線と合流。
トンネルを抜けて福井県に入る。
新疋田の辺りは山に靄が掛かっていた。

敦賀に到着し、7時41分の福井行きに乗車。
521系の2輛編成で、空いている。
直ぐに北陸トンネルに入る。
全く、何時もの光景。
山を抜けて武生辺りから平野部を走る。
鯖江で5分停車。
特急「サンダーバード」に抜かれる。
越前花堂では、車内にいたロードバイク組が大挙して降りて行った。
一乗谷や越前大野、九頭竜湖を目指すのだろうか。
9時38分、福井に到着。

ここからは、えちぜん鉄道。
本日は土日祝の一日乗車券があるので購入。
勝山行きを遣り過ごして、9時9分発のの三国港行きに乗車する。
車輛は6000系。
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えちぜん鉄道には、今年の1月に、田原町から福井の間は乗車した事がある。
田原町から先は未知の区画。
何と無く、田園風景と、新しい、福井市の新興住宅と、古くからある工場地帯とが混ざり合う。
新田塚を出て、九頭竜川を渡る。
鷲塚針原では、福井鉄道の武生行きが停車していた。
えちぜん鉄道MC7000形、低床車の路面電車だ。
西春江ハートピアで福井行きと交換。
あわら湯のまちを抜けて、三国港に到着。
9時58分であった。
駅前のバス停へ移動する。
海が青くて綺麗だ。
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港沿いのバス停で、10時16分の京福バス東尋坊線の芦原温泉駅行きに乗車。
乗客は我々を入れて5人程。
海沿いを走り、東尋坊タワーが見えて来る。
10時24分、東尋坊着。
全員が下車した。
バス停から5分程歩くと、名勝・東尋坊。
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もう、40年振りになる。
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輝石安山岩の柱状節理で、これほどの規模を持つものは世界に3ヶ所だけしか無い。
最も高い場所で約25mの垂直の崖にもなる、日本有数の海食崖だ。
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取り降り、足元から吸い込まれそうになる。
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東尋坊の名前の由来であるが。
古くから伝わっている話がある。
「まんが日本昔ばなし」でも見た様な気がする。

昔、平泉寺と云う寺には数千人僧侶がいた。
その中にいた東尋坊という僧は、怪力を頼りに、民に対して悪事の限りをつくした。
東尋坊が暴れ出すと手がつけられず、誰も彼を押さえることが出来なかった。
東尋坊はまさにやりたい放題、好き勝手に悪行を重ねていたので、当然のように平泉寺の僧侶は困り果てていた。
また東尋坊はとある美しい姫君に心を奪われ、恋敵である真柄覚念(まがらかくねん)という僧と激しくいがみ合った。

そんな寿永元年(1182年)4月5日、平泉寺の僧たちは皆で相談し東尋坊を海辺見物に誘い出す。
一同が高い岩壁から海を見下ろせるその場所へ着くと、早速岩の上に腰掛けて酒盛りが始まった。
その日は天気も良く眺めの良い景色も手伝ってか、皆次第に酒がすすみその内、東尋坊も酒に酔って横になり、うとうとと眠り始めた。
東尋坊のその様子をうかがうと一同は目配せをし、真柄覚念に合図を送った。
この一同に加わっていた真柄覚念は、ここぞとばかりに東尋坊を絶壁の上から海へ突き落とした。
平泉寺の僧侶たちのこの観光の本当の目的は、その悪事に手を焼いた東尋坊を酔わせて、高い岩壁から海に突き落とすことにあった。
それから49日の間、海は大荒れとなった。

これが、本当の話だとしたら、東尋坊も、真柄覚念も、その他の僧も大変な破戒僧だなと思う。
しかし、今日の東尋坊は穏やかそのものであった。
観光客も、多すぎず少なすぎず。
しかし、えちぜん鉄道も京福バスも、あれだけ閑散としていたと云うのに。
矢張り、マイカー族は強い。
そして、公共交通の敵である。

朝が早かったから、インデックスさんが「おなかすいた」と仰るので、少し早いが昼食。
「やまに水産」で造り盛り合わせ。
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イカ焼き定食を注文。
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酒は、加藤吉平商店「梵」純米大吟醸。
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何でも、嵐の桜井君も訪れた店らしい。
私としては、BUCK-TICKの櫻井様の方が良いのだが。

昼食後、バスターミナルへ。
途中の土産物屋さんに、猫さんがランデブーしていた。
最近、ずっと暑い日が続いていたから、猫さんにお目に掛かるのも随分と久し振りだった。
バスターミナルに着いて、まだ15分程時間があったから、東尋坊名物焼き饅頭を頂く。
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3個で200円、なかなか旨い。

12時24分の京福バス芦原温泉駅行きは、我々を入れて僅か2組しか乗車していなかった。
海辺を走り、有名な雄島の前まで行く。
時間があれば寄りたかったのだが。
無念である。
本日の、もう一つのメインである越前松島水族館に到着。
此方も、40年振りになる。
受付を済ませて、館内へ。
マンボウさんを見て、直ぐ様ペンギン館へ。
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丁度、イワトビペンギンさんの、羽毛の生え変わりの時期だそうで。
なかなか、貴重な姿を見る事が出来た。
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そして、オウサマペンギンさん。
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暑い筈は無い水槽の中で、ダレている。
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これがペンギンさんか。
ただ、卵を一生懸命に暖めているオウサマペンギンさんもいた。

続いて、サメさんやエイさん、ミズダコさんをおさわり出来るコーナーへ。
サメさんは矢張り、鮫肌。
エイさんは、何かぬめっとしている。
続いて、ゴマフアザラシさんの水槽へ。
優雅に泳いでいる。
13時20分から、フンボルトペンギンさんのパレードがあるから、場所を取る。
可愛い、フンボルトペンギンさんが歩いて来る。
https://twitter.com/sylvian3/status/1302211223526625280?s=19
おさわりは厳禁だ。
よちよち歩きで可愛い。

ペンギン館には、正一位ペンギン稲荷が鎮座していた。
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蟷螂山のおみくじも、びっくりのこのからくりexclamation ×2
https://twitter.com/sylvian3/status/1302137491726594050?s=19
小吉であった。
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イルカさんの水槽で、2頭のイルカさんが泳いでいる。
そして、1頭のイルカさんは、ショーの練習。
泳ぎ戯れているイルカさんは、見学している人を意識しながら泳いでいるから、本当に水槽の際までやって来る。

福井の海のコーナーの入口に、ダイオウイカの標本が展示されていた。
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成程、なかなかでかい。
コンペイトウの赤ちゃんとか。
ゴンズイとか。
ミノカサゴなどを見る。
大きい水槽には、ヒラマサやらカンパチやら、カサゴやら、高級魚がずらりと揃っている。
流石は母なる海、日本海。
素晴らしい海の恵みだ。

コツメカワウソさんのコーナーには、カワウソさんが全く見当たらなかった。
良く見たら、寝床で毛布にくるまれて、顔だけ出して寝ている。
何とも可愛い姿である。
今まで、カワウソさんは泳いではしゃいでいる姿しか見た事なかったので、これは新鮮で貴重なシーンだった。

カブトガニや肺魚など生きた化石コーナーのあと、小魚のタッチングコーナーへ。
小浜のゆるキャラ、さばトラのななちゃんがいた。
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おさわりコーナーのお魚さんは、鰻とかズワイガニとか、高級なもねばかり。
勿論、持ち出しは厳禁。
記念撮影コーナーのイルカさんが、怖い。
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何か、コトデンのスタンプラリーの、イル人みたいだ。
https://twitter.com/sylvian3/status/1302491978706292736?s=19

まなにゃーさんが、亀とかカエルが苦手なので、そちらのコーナーはほとんどスルーして。
最後に、大水槽。
マンタさんやシュモクザメさんやら、大型の魚が泳いでいる。
更に、2階に上がるとシースルーになっている。
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何と、水槽の真上に立てるのである。
他の水族館には、なかなか無い試み。
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横の水槽には、エイさん。
何か、竜宮城にいる心地だ。
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1グループ2分半入れ替えと云うのも良い。
余り並んでいるグループもいなかったから、直ぐに入れた。

越前松島水族館のすぐ裏は日本海。
そのまま海岸に出る事も出来る。
海岸べりを少し歩いて、お土産コーナーへ。
まなにゃーさんが、カワウソさんぬいぐるみくじを引いていた。
残念ながら3等。
しかし、車ならともかく1等のカワウソさんぬいぐるみは、あまりにも大きすぎて輸送が大変だ。
3等で良かった。

越前松島水族館発15時9分の京福バス三国観光ホテル行きに乗車。
雄島や東尋坊タワーを眺めて三国港へ。
15時23分の到着。
15時39分発の福井行きに乗車。
車輛は6000系単行。
車輛は空いている。
時間があれば三國神社にもお参りに行きたかった。
あわら湯のまちで、三国港行きと交換。
鷲塚針原で福井鉄道のF1000形「FUKURAM」と交換。
此方も低床車の路面電車。
16時間31分、福井着。

福井駅前の観光案内所に「明智光秀」の幟。
まなにゃーさんに、「明智光秀の幟があるよ」と云ったら「一乗谷があるから」と。
歴史を知っている。
余り時間が無いので、福井駅のホームへ。
16時47分発の敦賀行きは既に入線していた。
521系の4輛編成で、割りと混んでいた。
何とか座れたが、もう少し遅くに乗車していたら、多分座れなかった。
名古屋行きの特急「しらさぎ」の後に発車。
夕暮れを追い掛ける様に、敦賀へと走る。
夕闇が迫り、鯖江や武生で客が降りて行くから、何とも寂しい。
夕日に照らされた、今庄の煉瓦造の給水塔の跡に夕日が照らされ、機関区のあった名残で広い構内と、木の芽峠の入口で迫る山並みとで、何とも侘しい気持ちになった。

北陸トンネルを抜け、17時36分、敦賀着。
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駅は、福井駅同様、新幹線工事が進んでいる。
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時分なので、軽く夕食を取る。
敦賀駅の駅弁で有名な「塩荘」直営の居酒屋「しおそうダイニング」にてアフター。
「塩荘」は江戸初期から代々「荘兵衛」を襲名しており、敦賀において塩の商いや宿屋、料理屋等を経営していた。
その為、塩の荘兵衛、略して「塩荘」と呼ばれていた老舗。
明治になり、鉄道が開業したが、それまで駅弁を提供していた業者が潰れ、長らく駅弁が無い状態が続いていた。
そこで明治35年、敦賀町長が塩荘に駅弁の構内営業を依頼。
今に至る。
正に江戸時代から続く敦賀の食の生き字引のような店である。
その直営の居酒屋だから、嫌でも期待が高まる。
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こんな外観ながら、中は全て個室。
高級感溢れる造りである。

今回、予定より1時間ほど早くに敦賀に着いたから、店に入れたが、予約で一杯だったみたいだ。
事実、当初の予定、18時45分位に来たお客は予約で一杯だと断られていた。
今回は、実にラッキーであった。
そんな訳で、先ずは、野菜サラダ。
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酒は福井の一本義。
そして、ちくわ磯辺揚げ。
揚げ出し茄子。
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本日のお勧めの、カサゴの造り。
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これで1300円とか、信じられない。
京都なら、倍は取られる。
そして、サワラの叩き。
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サワラは、加賀辺りで云うサワラ、つまりカジキマグロではなく一般的なサワラ、鰆の方であったが、これもまた大変な美味であった。
〆は、塩荘名物の鯖鮨。
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今日の鯖鮨の鯖は、料理長も立派な鯖だと云う位、本当に脂の乗りや肉厚やら、見事な鯖だった。
〆方も絶妙、こんな旨い鯖鮨は他に無い。
何が怖いって、塩荘はこのクオリティの鯖鮨を平気で駅弁で出して来る。
最も、駅弁の鯖鮨は、もう少し〆ているが。
一本義を2本、そして生も呑んでこれだけ食べて8000円だったから、やはり安い。
流石は塩荘だと納得した。

ギリギリ、19時19分発の湖西線経由の京都行きに間に合った。
車輛は223系で、車内はがらがら。
1ボックス4人掛けにして乗車出来た。
近江塩津で北陸本線と別れ湖西線に入る。
既に真っ暗闇で、琵琶湖の景色も楽しめない。
堅田辺りで多少、乗客が増えたが、それでも大した事は無い。
山科で東海道本線と合流。
21時9分、無事に京都に到着した。
地下鉄へ移動し、21時16分発の国際会館行きに乗車。
車内はがらがら、寧ろ四条から沢山乗車して来た。
汁パレスまでは徒歩5分。
有意義な旅であった。
次は、えちぜん鉄道の勝山永平寺線に乗車し、永平寺と勝山の恐竜博物館を楽しみたい。

今日の戦利品。
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