(5.9今日の一言メッセージ)
「板ばさみ人生を生きよう」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21143 (写真入り記事)
私たちクリスチャンの人生は「板ばさみ」の人生です。
「私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためには、もっと必要です。」(ピリピ人への手紙1章23〜24節)
天国を本当に信じ、天国の素晴らしさを知ったら、「この世にとどまっているよりも早く天国に行きたい!」と思うのが正常です。
しかし、そう簡単にこの世を去れない事情があります。
それは、「伝道」をしなくてはいけないからです。自分だけが天国に入れれば良いのではなく、みんなで天国に入るべきだからです。
良いものを人に伝えずにはおれない人もいますし、良いものをごく限られた人にしか知らせないか、自分だけでとどめておく人もいます。
しかし、その人間的な思いを超えて、福音は伝えなくてはいけません。
その時、この地上にとどまる大義が与えられるのです。
私たちの人生は、そのことのために与えられているのです。
ただ、情報として福音を伝えるだけではなく、全身全霊で、人生のすべてをかけて伝えるべきなのです。
「それから、イエスは彼らにこう言われた。『全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。』」(マルコの福音書16章15節)
これはイエス様の至上命令なのです。
そして、この使命を果たし終えた時に、「そろそろ戻って来なさい」と、天に召していただけるのです。
天に召されるのは、寿命で死ぬのと、不摂生して早死にするのと違います。
神に仕えた結果、身も心もボロボロになったとしても、それは勲章です。
そして、天に召されて天に帰るということは、天に凱旋することです。何と喜ばしいことでしょうか。
私たちは、天国に望みを置きながらも、天に召されるその日まで、伝道し、愛し、人々の益のために生きてまいりましょう。
私たちは、あなたは、伝道するために生まれて来たのですから。
ステキな一日でありますように。
ログインしてコメントを確認・投稿する