今年の冬に企画していた、播但線と若桜鉄道を巡る旅。
私の体調不良により、実現出来なかったのだが。
春の18きっぷが1枚余って、消化旅行をせねばならない。
これは、冬に断念した播但線と若桜鉄道に行くべきでは無いだろうか。
本来なら、この時期は仕事が忙しく、休みなど取れないのであるが。
例の新型コロナ、何か、トヨタの新型モデルみたいなウィルスのせいでホテルは軒並み開店休業状態。
なので、土日祝日の休みは普通に取れるのである。
5時33分の地下鉄竹田行きに乗車。
この電車は、割と混んでいた。
地場の人間の、徹夜遊び帰りが殆んどだが。
京都でJRに乗り換える。
5時43分の快速姫路行き。
車輛は223系で、この電車は空いていた。
朝が早い18きっぷ旅行で、貴重な睡眠時間。
夢の中でも姫路行きに乗車していた。
ひめじ別所に到着したから、もうすぐ姫路だなと思って目が醒めたら、まだ魚住だった。
今度こそ、ひめじ別所に着いて、姫路で降りねばと目を醒ましたら、姫路駅へ入る所だった。
昨日、松井大阪市長が、この様な事をほざいていた。
【速報】大阪市の松井市長は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、兵庫県〜大阪府の不要不急の行き来を明日からなるべく自粛するよう呼びかけるように国から通知があったと明らかにしました。
2020年3月19日
https://twitter.com/tbs_news/status/1240564948188540928?s=19
なので、大阪を出て尼崎までの間に検閲があるかと思っていたのだが。
眠っていたので解らず終いであった。
姫路には7時56分に到着。
次は、いよいよ播但線。
1995年2月に乗車して以来、以来25年振りになる。
当時は阪神大震災の直後で、大阪と神戸を結ぶ鉄道は全て寸断されていた。
なので、JRは大阪と神戸以西を結ぶ為に、福知山線、山陰本線と播但線経由で「直通快速」を。
更に姫路から和田山までの播但線に「ノンストップ快速」を走らせていた。
たまたま、九州へ行く用事があり、新大阪から姫路行きの「直通快速」に乗車した。
車輛は181系で、これが初の播但線でもあった。
あれから25年。
8時19分の寺前行きに乗車。
寺前までは電化され、103系3500番台が運用に着いている。
この時点で、25年前の面影は無かった。
姫路を発車して、京口までは左手側に姫路城が見える。
この位置から姫路城を見る事は無いので、新鮮な心地がする。
野里で姫路行きが待機していた。
野里を過ぎると、段々と山が迫って来る。
姫路のベッドタウンと云う様な趣で、新住宅やマンションが見える。
25年前の風景は、全く思い出せない。
仁豊野でも姫路行きと交換。
播但線は市川に沿って、和田山へと向かうが、まだ川面は現れない。
香呂で、特急「はまかぜ」を待つ。
しかし、遅れの為、待たずに発車。
次の溝口で、遅れていた特急「はまかぜ」を待つ。
スタンプを押していたら、「はまかぜ」が通過して終った。
これが乗り鉄、撮り鉄の両立の難しさか。
溝口を過ぎて、段々と家が少なくなって来る。
福崎に到着。
福崎は割と大きな駅で、列車が、回送と姫路行きの2編成停車していた。
福崎を過ぎて、市川が迫って来る。
それだけ平野部が少なくなって来たのだろう。
そして、終着の寺前。
9時12分に到着した。
次の和田山行きはキハ47-1000番台を単行運転用に運転台を増設したキハ41-2000番台。
2輛編成のの切り離し作業を行っていた。
9時28分発、臨時特急「カニカニはまかぜ」が到着の予定だが、2分ほど遅れていた。
そしてようやく9時46分、和田山行きが発車。
9時43分に姫路からの列車が到着し、乗り継ぎ客でほぼ満席となった。
寺前からは本格的に山越えの路線になる。
発車してすぐ、車掌が検札に来る。
ここから先はICカードが使えなくなるから、その確認と乗車券の発行も兼ねているのだろう。
列車は、市川に沿って、生野を目指す。
上り勾配で、気動車の速度が落ちる。
長谷を過ぎてトンネルを抜けると下り勾配。
速度が上がり、生野の町へと入る。
生野では、寺前行きの列車が待機していた。
生野は云わずと知れた銀山の町。
生野からは円山川に沿って和田山へと走る。
土地が拓けて来る。
天空の城、竹田を発車し10時34分、和田山に到着。
次の列車まで時間があるから、駅前にある和田山駅弁当、福廼家へ。
色々と種類があるのだが、どれも予約のみの販売。
唯一、「但馬の里 和牛弁当」だけがレギュラーであった。
1080円也。
駅に戻り、10時50分の城崎温泉行きに乗車。
車輛は223系5500番台。
八鹿で特急「きのさき」と交換。
光秀ラッピング車輛であった。
円山川が雄大な流れを見せる。
豊岡を過ぎ、対岸に玄武洞が見える。
そして11時33分、城崎温泉に到着。
駅の売店で酒を物色する。
地元の、出石酒造「楽々鶴」を購入。
ホームに停車している、11時56分の鳥取行きに乗車。
車輛は国鉄形気動車キハ47。
発車間際に、団体の客が乗車し、超満員になった。
次の竹野で城崎温泉行きと交換。
竹野を出ると断崖をトンネルで抜けながら、日本海沿いを走る。
風光明媚な区間で、車窓から目が離せない。
トンネルを出ると、青い日本海の荒波が、岩に砕け白く砕け散る。
そんな景色を繰り返し、佐津で団体が降りる。
車内に静けさが戻る。
香住に到着。
豊岡行きが待機していた。
駅を出て、矢田川を渡る。
トンネルを幾つも抜けながら、勾配を上がる。
鎧まで来ると、もうかなり高くまで上がっている。
鎧からトンネルを抜けると、名高い餘部橋梁を渡る。
2010年8月12日に、新しく付け替えられた餘部橋梁を渡るのは今回が初めてである。
先代の餘部鉄橋は、2006年の夏に渡ったのが、最後であった。
橋梁を渡り終えると、餘部。
先代の餘部鉄橋が「余部鉄橋「空の駅」」として一部保存されているせいか、ホームには結構な人がいた。
しかし、乗車はして来ない。
餘部を出ると暫く海から離れる。
久谷を過ぎて、勾配を下ると浜坂に着く。
13時5分到着で、7分程停車する。
その間に城崎温泉行きと交換。
駅前に出て見たが、米田茶店は跡形も無くなっていた。
駅弁もさることながら、店で売っていたテイクアウトのカレーが絶妙だったのだが。
残念でならない。
居組を過ぎると鳥取県に入る。
東浜でまた、日本海が見えて来る。
しかし、すぐに羽尾岬の根元をトンネルで抜けて、内陸へと入って行く。
福部で浜坂行きと交換。
キハ121の単行。
そして13時54分、鳥取に到着。
構内にあるお土産屋を覗いてみる。
鳥取だけあって、因幡の白うさぎだらけであった。
14時10分発の因美線智頭行きに乗車。
車輛はキハ47。
14時24分、郡家で下車。
隣に停車している若桜鉄道若桜行きに乗車。
14時26分の発車だから、直ぐに出発する。
若桜鉄道に乗車するのは初めてである。
なので勿論、若桜鉄道WT3000形に乗車するのも初めて。
車内は木を基調にした内装で、ボックス席にはテーブルまで備え付けられている。
何となく肥薩線の「いさぶろう・しんぺい」を思い出させる車輛である。
思わず、テーブルに山海の珍味を並べて呑み鉄をしたくなるではないか。
若桜鉄道は、八東川に沿って平野部を淡々と走る。
隼には、寝台車らしき車輛が留置されていた。
安部ではホームの待合室に等身大の人形が座っているから、少し驚く。
平野部が尽きようとする辺りが終点の若桜。
14時58分の到着だから、30分足らずの旅。
ここで、1輛増結して2輛編成に。
構内には12系客車や蒸気機関車などが留置されていた。
12系客車は標準色で「オロ12」と表記されていたから、「ムーンライト高知」に使用されていた車輛かも知れない。
郡家から、18きっぷのままで乗車したから、その旨申告した。
運転手は、一日フリー切符並べて窓口でと案内して呉れた。
しかし、窓口に人はいない。
改札口はフリーパス状態だから、心悪い18きっぷトラベラーは、若桜鉄道に有効なチケットを買わずに郡家へ折り返す輩もいるのではなかろうか?
窓口から声を掛けたら駅員が出て来た。
一日フリー切符780円也を購入。
郡家から若桜までは片道440円だから、往復するだけで元が取れる。
折り返しの、15時14分鳥取行きに乗車。
割と乗客が多い。
元来た線路を走る。
隼で、ブルートレイン風の車輛を確認したら、これも12系だった。
これをED30が牽引する形で留置していた。
この隼からも、多数の乗客があった。
何か、イベントでもあったのだろうか?
それくらいに、地元っぽくない乗客ばかりだった。
郡家には15時46分の到着。
隣には、15時48分の因美線智頭行きが停車している。
車輛は智頭急行HOT3500形。
宮本えりおは俺の嫁。
因美線は千代川に沿って進む。
用瀬で鳥取行きと交換。
そして16時19分、智頭に到着。
智頭は、新見川と土師川が千代川に合流する要衝。
その為、昔から宿場町として栄えていた。
ここから京都までは智頭急行線経由の方が圧倒的に早いが、18きっぷでは乗車出来ないので、因美線を経由する。
16時30分の津山行きはキハ120。
ボックス席が4っしかなく、既に埋まっていた。
仕方がないから、ロングシートに座る。
ここから先は、土師川に沿って進む。
平野部が尽きる那岐は、「天地無用!」の聖地。
なので、鉄道で来るより前に、車で来た。
ここから分水嶺を越える。
勾配を上がり、スピードが落ちる。
トンネルに入ると速度が上がる。
しかし、トンネルを抜けると、下り勾配だが速度が落ちる。
上下のダイヤの都合なのかも知れない。
岡山県に入り、美作河井に到着。
こじつけだろうが、「天地無用!」のスピンオフ作品「魔法少女プリティサミー」の聖地。
美作河井からは加茂川に沿って走る。
美作加茂から結構な乗客がある。
地元の中高生みたいな感じである。
東津山には17時32分の到着。
向かいのホームに、姫新線の佐用行きが停車している。
発車は17時35分だから、余り余裕が無い。
乗り換え客は私を入れて2人だった。
車輛はキハ120で、車内は混んでいたが何故かボックス席が一つ空いていたから、に座一人で座る事が出来た。
ここまで来ると、日が落ちて来る。
美作江見で津山行きと交換。
そして、日も呉れた佐用に18時31分、無事に到着した。
次の列車まで時間があるので、駅前に出てみた。
雑貨屋みたいな店が、まだ開いていたからお茶を買う。
出来たら、ビールも欲しかったのだが、売っていなかった。
ホームに戻ると、18時49分発の姫路行きが入線して来た。
車輛はキハ127、2列×1列のシートで、1人掛けの座席に座る。
これで誰にも迷惑は掛けない。
「但馬の里 和牛弁当」で呑み鉄。
今まで、色々な和牛の駅弁を食べて来たが、その中でも1〜2を争う旨さである。
酒も良いが、ビールにも合いそうである。
日もどっぷり暮れて終ったから、呑む位しか仕事が無いのである。
19時52分、姫路に到着。
まだ呑み足りなかったから、適当にビールとつまみを買う。
そして、20時16分発の新快速野洲行きに乗車。
軽くビールを呑みながら過ごす。
車内は、18きっぷのシーズンとは思えない位に空いている。
三ノ宮から少し乗っては来たが、それも大阪まで。
大阪からはまた空いていた。
結局、京都まで私の隣は、三ノ宮から大阪までしか座っていなかった。
京都からは、地下鉄に乗らず歩いて帰った。
割と暖かい!春の夜だから、何となく歩いてみたくなった。
時折吹く風が、心地好い。
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