続きましては、【1950年代】中日ドラゴンズベストナインです。
・投手
杉下茂(1950年代前半)、中山俊丈(1950年代後半)。
杉下茂で。
・捕手
野口明(1950年代前半)、吉沢岳男(1950年代後半)。
野口明で。
・一塁手
西沢道夫(1950年代前半)、西沢道夫(1950年代後半)。
西沢道夫で。
・二塁手
国枝利通(1950年代前半)、井上登(1950年代後半)。
井上登で。
・三塁手
児玉利一(1950年代前半)、岡嶋博治(1950年代後半)。
児玉利一で。
・遊撃手
牧野茂(1950年代前半)、牧野茂(1950年代後半)。
牧野茂で。
・外野手
原田徳光(1950年代前半)、坪内道典(1950年代前半)、杉山悟(1950年代前半)、本多逸郎(1950年代後半)、杉山悟(1950年代後半)、森徹(1950年代後半)。
原田徳光、杉山悟、森徹で。
打順は
(二) 井上 登
(中) 原田徳光
(一) 西沢道夫
(右) 森 徹
(左) 杉山 悟
(三) 児玉利一
(捕) 野口 明
(遊) 牧野 茂
(投) 杉下 茂
監督:天知俊一(1950年代前半)、野口明(1950年代後半)。
天知俊一で。
1954年の日本一で燃え尽きたと杉下茂が語っていましたが、
もし日本一になっていなかったら、世代交代ももう少し遅かったかもしれません。
服部受弘と西沢道夫の永久欠番認定の経緯は、中日の球団の体質を象徴していますね。
(最終更新日:2020年3月18日)
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