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2019年11月17日08:10

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米国がとなえる「民主主義」とは何なのか?――なぜカストロは、複数政党制を採用しなかったのか?――

■民主ウォーレン氏を警戒=大企業・富裕層に大増税―米金融街
(時事通信社 - 11月10日 09:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=5858509

 我が国は1945年から実質的に主権を喪失した「米国の属州」と化し、米国にカツアゲされまくっている。かつての「高度経済成長期」において問題が表面化しなかった理由は、当時は冷戦期でありソ連が存在していたからである。ソ連のすぐ隣にある我が国の政治・経済が「ポシャッた」ときに米国が困るからだ。換言すると当時の我が国は「西側のショーウィンドー」の役割を与えられていたのである。加えて、大戦争の敗戦国を苛め抜いたらどうなるかは、経済的困難に直面した挙句にヒトラーが台頭した第一次大戦後のドイツの事例を見れば明らかだ。その後、1990年代以降の冷戦終結に伴う我が国の「バブル崩壊」、および、ソ連消滅の後、我が国が主権を喪った国家であることがあらわとなり、米国にカツアゲされる存在にまで成り下がった。そして、米国に貢ぐ際に差し出すカネの原資は、我われが稼いだ国富だ!

 では、タイトルにあるとおりキューバの事例をとりあげよう。この国の事例は、米国によって一国丸ごと「傷つき、打ちのめされても」なお、国家主権を守り通した事例として興味深く、「米国の属州」と化した我が国の事例と対照を成す。カストロとゲバラによって率いられたキューバ革命の後、独裁者のバティスタはキューバを追いだされた。だが、革命が達成された途端にキューバは、米国にとって「目障りな存在」となり、特にカストロは「米国の暗殺目標リスト」に載せられた。現に米国は、「カストロからヒゲを奪うことによって、政治生命を奪う」「カストロが大好きな葉巻に爆薬を仕込む」といった様々なアホな方法で暗殺を試みたが(確かCIAって倍率数100倍で、アタマの良い奴しか入れなかったハズなんだけど…)、フィデル・カストロは天寿を全うした。

※フィデル・カストロ暗殺未遂事件wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E6%9A%97%E6%AE%BA%E6%9C%AA%E9%81%82%E4%BA%8B%E4%BB%B6


    ※その後のカストロ?(ルーマニアのDacia社のコマーシャルより)。
        


 このように米国に嫌われたキューバが頼ることができた国は、米国のカウンター・パートたるソ連しかいなかった。カストロも当初は、キューバを社会主義国にする気はなかった。だが、米国がキューバを嫌った結果、ソ連を頼るためにもキューバを社会主義国にするしか選択肢がなくなった。…その後、「カストロ暗殺計画の一環」としてピッグス湾事件(1961年)、および、地球上の全生命体が絶滅する一歩手前の事態を招いたキューバ危機(1962年)が起こった。これらの事件の後も米国は、カストロ暗殺の試みを諦めず、キューバを西側陣営へと引き入れようとしたが、当のキューバはというとカストロ議長の指導の下、半世紀以上にわたって、どこまでも穏健な「独裁体制」を敷いている。
では、なぜキューバは、今に至るまで「民主主義」や複数政党制を採用しなかったのか? この問いの答えは、第二次大戦後のラテン・アメリカ諸国で起こった政権転覆劇を見れば判る。1954年のグアテマラではアルベンス左派政権が覆され、1973年のチリ・クーデターでは、民主的に選ばれたアジェンデ大統領が殺された。

※グアテマラのアルベンスwiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%B3%E3%83%9C%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%B3

          ※チリ・クーデター(1973)の動画
         


 この2つのクーデターの背後には、米国がいる。このような事をしでかしてきた米国が「眼と鼻の先」にあるキューバにおいて「民主主義のもとでの複数政党制」を敷こうものなら、米国に都合の良い政党が仕立て上げられ、「選挙という名のクーデター」によって、たちまちのうちにキューバは国家主権を奪われ、軍事独裁政権時代に引き戻されていたであろう。今でも米国による政権簒奪は、今のベネズエラにて進行中、もしくは、頓挫している真っ最中である…。

           ※失敗した反チャベスクーデター(2002)��
          

           ※失敗した反チャベスクーデター(2002)��
          

           ※失敗した反チャベスクーデター(2002)��
          

           ※失敗した反チャベスクーデター(2002)��
          

           ※失敗した反チャベスクーデター(2002)��
          



 このように見ていくと、米国が唱える「民主主義」の負の側面が見えてくる。米国が唱える「民主主義」とは、米国に都合の良い政党を政権に据えることができる「民主主義」であり、米国に都合の悪い政権を取り除くための「お題目」に過ぎない。換言すると米国が唱える「民主主義」は、当該国の住民の意見や意思が反映されるか否かを殆ど気にしていない!現に米国へと貢いでいる現政権が「一強」と呼ばれるのも、いちおう選挙に強いとされるためだ。
 
 では、どうすれば良いのか?気が滅入ることを書いている筆者であるが、実は楽観的である。なぜなら当の米国は、過去70年以上にわたって米国民から収奪した金や資源を不毛な軍事部門へ充ててきたために、既に米国の経済システムは半世紀以上にわたって疲弊している。言い換えると米国は既に、不相応な軍事費を支出してきたソ連を笑えない状況にあるのだ。現に、筆者の子ども時代の教科書に載せられた工業地帯はもう存在せず「ラスト・ベルト=錆びた地帯」と表記される有様である。
 このため我々が主権を取り戻すには、米国における新自由主義者たちの自滅を待つというシナリオが考えられる。わざわざ、かつての連合赤軍よろしく不慣れな武装闘争を展開しなくても良いのだ(現にゲバラは、彼の著書である『ゲリラ戦争』において武装闘争を最後の手段としており、無意味な武装闘争を戒めている)。

 とりあえず我々としては、隣人との不毛な争いを避け、桎梏に満ちたおそろしい世の中をやり過ごしつつ、新自由主義の黄昏と同時に訪れる「新しい世の中」を楽しみに待つとしよう。マイミクのオヤジさんが日頃いっているように、こんな世の中は長く続かないし「世界はもーすぐ変わる」のだから…。

 ※RUSSKAJA(オーストリア)による、El Pueblo Unido (『不屈の民』)のカバー
 この曲を送り出したチリの人びとは、クーデター(1973年)から20年もしないうちに独裁者を追い出した…。


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