「試練は、神と私を結びつける」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20483 (写真入り記事)
人生を振り返って見ると、試練の連続でした。
神を知らない時に遭う試練は、逃避したり、何かで気を紛らわすしか方法がありませんでした。「何で俺ばっかりこんな苦しい目に会わなければならないのか」とつぶやいたものです。
神を信じた後の試練は、神をズボンと譬えるとするならば、神と私を結ぶベルトのようなものです。ベルトがなければ、ズボンが簡単に脱げてしまうように、人生に試練がなかったら簡単に神を忘れ、神を必要としなくなってしまいます。
私を含めて、人生で試練がない人は誰もいません。
身から出た錆びのゆえに苦しむことがあります。お金や異性や名誉の誘惑に負けて、不正を行なったことの罰や報いを受けることがあります。
人に迷惑をかけないように、正しく誠実に生きていても試練はやって来ます。
些細な試練であるならば、日常茶飯事だろうと思いますし、家庭や職場、学校や地域での人間関係や、経済的な問題もあるでしょう。
どんな種類の試練であっても、試練は、神と私たちを結ぶベルトのようにしっかりと結びつけてくれます。
自分の不甲斐なさのゆえの苦しみであったとしても、神は赦しの神であり、決して外れないベルトであなたをしっかりと結ばれます。
予期せぬ大きな試練も、「神がいるのになぜ?」と疑問が湧いて来ることはあっても、祈るならば、すぐに神とあなたがベルトで結ばれていることに気づくはずです。どんな試練も、ベルトのように、神とあなたをしっかりと結んでくれます。
試練を神抜きに考えたならば、マイナスです。しかし、神を信じる人の会う試練はマイナスがプラスに変ります。感謝に結びついて行きます。
作家の三浦綾子さんは、病を背負いながら夫婦で二人三脚で歩んで来ました。「病いは私に取って宝です。」と語りました。
詩人・画家の星野富弘さんは、「神様がもう一度生まれ変わらせて下さって、健康な体を下さるとしても、今のままで十分に幸せなのでお断りしたいです。」と語りました。
試練は、人を不幸にし、神と人間を引き裂くものではなく、自分の弱さと神が必要なことを知らせ、神を求めるようにさせ、結果、ベルトで固く結ばれたズボンのように、いつも一緒にいて助けて下さいます。
試練は神の怒りや刑罰ではなく、神がご自分のもとにあなたへの招いているのです。神はあなたを愛しています。
『見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます』と聖書は語ります。
神は、いつもあなたと共におられます。
今日も、素敵な一日でありますように。
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