「若さは馬鹿さ、批判する時は『インクルード・ミィ (include me)』を忘れずに」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/9/24(火)【1583】」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20374 (写真入り記事)
「若さは馬鹿さ」。若いということは、ダイヤモンドの原石のように、無限の可能性があります。
しかし、自分自身や状況を客観視できない面があります。
それゆえ、人や状況を簡単に批判することができます。
ヨハネ8章で、イエス様を罠にはめようとしたユダヤの指導者に対して、イエス様は、「罪のない者が、最初に石を投げなさい」と言われました。
「年を取った年長者からその場を去って行った」と書かれています。
年を取るということは、罪を自覚する時間を多く過ごしたということでもあります。
ユダヤの指導者たちは、イエス様を亡き者にしたいと考え、躍起になっていました。
姦淫の現行犯で捕まえた女性を引き連れて、「律法では、姦淫罪は石打刑に当たるが、イエスよ、あなたはどう裁くか!?」と、問い詰めました。
もし、「打て!」と言えば、「あなたが、日ごろ語っている愛とどう整合性を取るのか!?」と言って、民衆の支持を失わせるつもりでした。
もし、「赦せ!」と言えば、「あなたは、律法の教師でありながら、律法に反することを言うのか!?」と言って、やっぱり、民衆の支持を失わせるつもりでした。
ユダヤの指導者たちは、「自分たちは、姦淫罪を犯していない! 正しい生き方をしている!」と自負していました。
だから、痛烈にイエス様に詰め寄ることができたのです。
しかし、イエス様が、「罪のない者が、最初に石を投げなさい」と言われた時、姦淫は犯してなくても、心では同じような罪を犯しているし、他のいくつかの罪を犯したことを思い出して、良心に反してまで、これ以上イエス様を追い詰めることはしませんでした。
聖書は、「罪を裁いてはいけない」と言っているのではありません。
罪は、裁き、取り除かなければなりません。
「兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。」(ガラテヤ6:1)とあります。
自分自身も誘惑に陥らないように気をつけた上で、自分を正しいとし、相手を見下し、容赦のない鉄槌を下すのではなく、自分も同じ罪を犯す可能性があり、過去に犯したことがあることを踏まえて、柔和な優しい心で相手をいさめ、正すべきだと教えるのです。
そして、その時の手順として、「もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。」(マタイ18:15〜17)と教えます。
あるクリスチャンは、「聖書には、『人を裁いてはいけない』と書いてあるから、裁いてはいけません」と、聖書が明確に断じる罪にまで目をつぶるべきだと言いました。
グレーゾーンのことについては、そうするべきでしょう。しかし、「人を裁いてはいけない」という教えを誤解し、悪用してはいけません。
ユダヤの指導者たちは、イエス様を罠にはめようとして、姦淫の現行犯で捕まえた女性を連れて来ました。
そもそも、動機が間違っていますし、罪のないお方を、罪にまみれた人間が罠に陥れようとするのは、滑稽の極みです。
仮に、イエス様が「罪を犯した」と言って裁こうとしたら、行って、ふたりだけのところで責めることからはじめなくてはいけないのです。
仮に、正しい裁きであったとしても、いきなり群衆の前でやってはいけないのです。
16歳の環境活動家である、グレタ・トゥンベリさんは、国連の気候変動サミットにおいて痛烈な批判をしたことを、世界のメディアが報じました。
とても勇気ある発言だったと思います。
若さの良さは、あれこれ考え過ぎることなく、思い切ったことができます。
私は、それが相手に対する愛であるならば、通じると思います。
しかし、批判のための批判であるとしたら、自己満足で終わってしまいます。
批判のための批判をする人がいます。
その理由は、自分の中にある不満を解消しようとしているか、その相手が嫌いで、その相手を潰そうという気持ちの表れです。
自分自身や相手に対する不満があったら、まず神に祈って、そして、心が晴れてから、愛を持って語るべきです。
そして、その上で批判するとしたら、自分も同じ罪や弱さがあることを認めながら、柔和で優しい心を持って語って下さい。
そして、行って、ふたりだけのところで責めることからはじめるべきです。
批判をする時には、
「相手を潰したいのか?」
「相手を生かしたいのか?」
を、よく動機を吟味したいものです。
この後も、素敵な時間をお過ごし下さい。
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