「自分に課していることの祝福」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20373 (写真入り記事)
三連休が終わり、通常の生活に戻りました。
私は、子どもたちが小さかった頃には、家族で旅行をしたり、車でドライブや買い物に出かけていました。
子どもたちが大きくなってからは、全員が揃わないし、出かけても混んでいるので、休日はできるだけ出かけないようにしています。
時には、休みを取りたいと思っています。
「週に一度は安息日を」と文章で書いて、みなさんに奨めていますが、実際は、安息日はなかなか取れていません。
疲れてどうしようもないような時には、短時間でも昼寝をして疲れをとるようにしています。
一日中予定が詰まっているような時には、移動中の電車の中で目を閉じたり、車移動の場合は、早めに行って車内で仮眠します。
今日できることは今日中に終わらせるようにしています。
明日以降の仕事でも、今日やっても良いことなら、すぐに手をつけます。
前倒しで仕事を次々に片付けると、ゆとりができるはずですが、様々な奉仕の依頼が入ったり、食事の誘いが来たり、「相談したいのですが」と連絡が入って来ます。
毎日、ぎっちりと予定が詰まっています。
どんなに忙しくても、必ず自分に課していることがあります。
新約聖書の「第三ヨハネ1章2節」には、『愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。』と書かれています。
ここに「三重の祝福」があります。
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�7鮃�の祝福
上記の「3つの領域」に関することを自分に課しています。
たましいの幸いのために、毎日、一定量の聖書を読み、一定時間の祈りを捧げます。
どんなに忙しくても、可能な限り、これを一日の一番最初に行います。
次に、すべての点でも幸いを得る祝福のために、与えられた使命に関する仕事を行ないます。
私に与えられた「使命」は「伝道」です。
インターネットで1日2回以上投稿します。
文章に写真をセットします。
聖書のメッセージ、自分の失敗談を含めた、神様がして下さった良い事などを文章にまとめて、その日の写真やイメージ写真を載せて投稿します。
可能な限り、路傍伝道をしたり、自分の使命に関わる奉仕を行ないます。
幸いを分かち合うと、神様が幸いを返して下さるのです。
最後、健康のために運動を日課としています。
自分に課していることを休む時は、入院した時、朝から夜まで仕事で拘束されている時くらいです。
例えば、朝7時に家を出るならば、朝5時半には起きて、3つのことを終えてから出かけます。
自分に課していることがあるお陰で、何もしない時間を過ごすことがありません。
特に、聖書を読んだり、祈る神様と、人を愛するための時間を大切にします。
一日の仕事が終わったら、寝る前の時間に、ユーチューブなどでドラマを観たり、自分だけの息抜きの時間を持ちます。
自分へのご褒美です。
自分に課していることが習慣になると、大きな力になります。
無理し過ぎたり、飛ばし過ぎると長続きししません。燃え尽きてしまいます。
クリスチャンの人で相談に来られた人には、1日1時間以上、聖書を読み、祈ることを奨めます。
忠実に行う人は、すべての問題が解決して、顔が明るくなり、元気になります。
「良かったな!」と思って安心していると、次に会った時には、顔が暗くなり、笑わなくなり、話す言葉が否定的になっていることがあります。
「祈りと聖書通読を続けていますか?」と聞くと、「忙しくてできなくなりました」というのです。
これでは本末転倒です。
せっかく問題がやって来て、試練に遭ったことで神様に近づいたのに、問題が解決したたことで神様から離れてしまったら、祝福転じて災いとなります。
神様に仕えるのではなく、自分のために神を利用しているに過ぎないことになります。
これは私自身への自戒のためにも言っています。
神を、自分の成功や祝福や名声のために利用するのは失礼なことです。
大切なのは、神様に、いかに使っていただきくこと。そして、神様の栄光を現し、人々に仕えることです。
今日も素敵な1日でありますように。
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